山形新幹線の停車駅ということもあり、県外からの認知度が高く、年間を通じて多くの集客があるかみのやま温泉。当然のようにお宿も多く、悠大な盆地に点々と広がるため感じることはないかもしれないが、山形県に数ある温泉街でも有数の激戦区となっている。新湯、十日町、湯町、河崎、金瓶、山あいの葉山、高松と多くの温泉が涌いており、それら各地区が、「奥州三楽郷」のひとつにも数えられる「かみのやま温泉郷」を構成している。
蔵王連峰の懐に抱かれるように広がる盆地。この温泉郷は目に飛び込む雄大な自然と、頬をなでる東北の涼しい風が人気の要因となっているのだろう。かつては最上氏の最南端の城塞都市で、米沢の伊達氏や上杉氏との攻防の舞台であった。城下町として発展したのは、最上氏の目付役として配置された土岐氏の藩政下のこと。小高い丘にそびえる白亜の城郭は「羽州の名城」と呼ばれ、地域から愛されていたが、元禄五年(1692年)の土岐氏の転封と共に幕命により取り壊され、現在も残る当時の名残は、堀跡や石垣のみ。この上に再建された現在の上山城は土岐藩政時代のもので、往時の美しさを今に伝える、街のシンボルとして存在感豊かにそびえている。
「有馬館」のある新湯、そして湯町の界隈は城下町として栄え、いたるところに往時の面影を残す蔵や屋敷が点在する。つまり、上山城から徒歩約7分という至近距離、武家屋敷通りも徒歩3分ほどと、観光地に隣接した絶好のロケーションにあるのがこのお宿なのである。葉山地区のように丘陵地ではなく、ほぼ平地に近いエリアにある地上7階建ての近代的な建物。建物の上にある「有馬館」の文字と桔梗の家紋をあしらったサインは、離れたところからでも確認することができる。
遠くからでも目立つこのお宿だが、エントランス前は住宅街と隣接する幅の狭い道路。そのため、駅からタクシーなどで行けば、住宅街の中に忽然と明るい建物に出くわす感覚があるかもしれない。中に入ると、ロビーから中庭、そして奥のギャラリーに至るまで、開放感ある広い空間に出迎えられる。
創業は大正10年、90年近い歴史を持つ老舗宿だ。開業は、この地区の名前となっている新湯が掘削された直後といっていいだろう。当時の泉源地はここの敷地内で、上山温泉では初の、毎分216リットルもの大量湧出井であったという。ここはこのお湯を管理する湯元旅館として宿の歩みを始めたのである。
屋号の由来が面白い。このお湯が採掘された時に、初代女将が兵庫の有馬温泉で湯治中であったことに端を発し、午年生まれで馬頭観音を信仰していたこと、その延長で馬グッズを収集していたことから命名したのが「有馬館」なのである。この馬グッズの収集は、3代目となる須藤信晴・現社長の代にも続き、ロビーのショーケースには大小様々な馬グッズが陳列されている。その数1000点を超え、ここだけでは収蔵できずに倉庫にもあふれ返っているのだというから驚くばかりだ。コレクションは世界各国の名品珍品が並ぶが、中でも競走馬のオグリキャップやハイセイコーのテレカなど、マニアなら垂涎ものの品もある。しかし、須藤社長はそれほど熱心には収集してはいないそうだ。
このような歴史を持つ宿だが、敷居の高さをまったく感じさせない佇まいだ。かつては泉源を所有していたが、現在は温泉管理組合に引渡し、他の旅館と同様、集中管理され分配される温泉を利用しているという。「温泉はみんなのもの」という認識がそうさせたのだろう、この先代より受け継ぐ宿の姿勢は現在もしっかりと、館内いたるところに息づいているように感じられる。
その証拠に、この宿を行きかうお客は多種多様。若いカップルや子ども連れファミリー、年配のご夫婦、小グループに老人会の団体などなど、各フロアとも実に賑やかである。全部で45ある部屋の多くは8〜10帖客室に広縁とトイレが付く標準的な和室だが、多様な宿泊客に相応するように様々なタイプのものも用意されている。離れの6室にはトイレのみが付くが、他の39室にはバス・トイレが付く。
特別室として用意されているのは6階の和洋2室、10帖の和室に加え、ツインベッドが置かれる計20帖の広い一室だ。ここであれば2人での利用をはじめ、3世代での家族旅行なども可能。多様な年齢層に受け入れられるつくりとなっている。仲間同士で合宿のように枕を並べて泊まるのであれば「301」「302」号室などをお薦めしたい。ここは二間続きの和室で、ふすまを開ければ20帖もの大空間となる。畳上での生活に縁遠く、ベッドでの寝起きを好まれる方にも一室、フローリングの洋室「701」号室が用意されている。この部屋は平成19年に改装されたもので、室内にはマッサージチェアや壁掛けの40型液晶TV、iPOD対応のCD・MDコンポなどシティホテルを思わせる装いで、アメニティーなども利便性に優れたグッズが置かれるのが特徴だ。さらに、和洋室が他にも8室。特別室ほどの広さはないが、畳の良さとベッド就寝の利便性を兼ね備える人気の部屋だ。
お風呂もバラエティーに富む。男女別大浴場として設けられているのは、それぞれ2つずつ。1階の「金の湯」(15:00〜24:00は男湯、0:00〜10:00は女湯)、地下1階の「浪漫湯」(15:00〜24:00は女湯、0:00〜10:00は男湯)、そして最上階である7階にある展望露天風呂、男湯の「天空」、女湯の「天星」だ。
「金の湯」は平成9年に増築された新しい大浴場。上述の通りここの入口付近に当初の泉源があり、またその湧き出るお湯が、「轟音とともに、黄金色に輝いた温泉が噴出した」という言い伝えにあやかって名付けたものだという。広さは大人20人が入れるほどあり、湯舟の向にある坪庭からガラス越しに差し込む光が浴室内を明るく照らす。奥のドアを出ると、平成19年に増設された信楽焼の湯舟の置かれた露天風呂がある。この湯舟は大人2人がやっと入れるほど、お湯は館内唯一の源泉かけ流しで、温度は若干高いもののこの上質のお湯を独占状態で使用できる贅沢感がある。ここの隣には岩盤浴サウナが設けられているので、源泉湯舟を堪能したあとさらに心地よい汗をかくことができるだろう。
「浪漫湯」は元男女別大浴場であったものを接続した、広い浴場。お湯が次から次に沸いて出たという当時の、アメリカの「ゴールドラッシュ」にも似たロマンにあやかって名付けられたのがこちら。湯舟はこの中に計4つ、通常のものだけでなく、ジャグジーの「アメリカンバス」、寝湯、そして貴宝石のパウダーを混ぜた「貴宝石風呂」とある。貴宝石とは火成岩の一種で、遠赤外線効果と天然ミネラルによる人体の自然治癒力を高める効果があり、また肌がツルツルになるというもの。この湯舟の脇には、一段高く設けられた貴宝石岩盤浴コーナーもあり、空気枕が用意されている。この大浴場だけでもこれほどのバラエティーがある。
展望露天風呂、男湯の「天空」、女湯の「天星」は男女の入れ替えがない大浴場。方角的に蔵王山は見えないが、かみのやま温泉を彩る山々を正面に見ることができるこの宿自慢のお風呂。以前から多くあった要望に応え、2008年4月1日より貸切での使用が可能となった。大浴場としての利用時間は15:00〜18:00、0:00〜10:00となる。
これらに離れの貸切家族風呂をあわせ、実に9つの湯舟を一泊の間に楽しむことができるのである。温泉浴もここでは、立派なエンターテイメントである。
お湯めぐりを堪能したら夕食だ。4〜5名での宿泊の場合は会食場での食事となることもあるが、基本は部屋でいただくことになる。取材時(2008年2月)の献立は郷土色をしっかり感じさながら、海の新鮮な食材も並ぶ、期待を裏切らない“温泉宿の食事”だ。
前菜は白磁の皿に盛られた三点。山形県の酒田で採れた山浅月の沼田和えと丁字茄子、筍とふきのとうの和え物、行者にんにく醤油漬けという、山の食材の旨味が口の中に広がるものばかり。
みぞれ仕立ての吸い物の中には、気仙港で仕入れたふかひれ天ぷらが浮かぶ。中華食材のフカヒレだが、和食の風合いを見事に取り入れている。大根おろし、三つ葉を添えて香りも高い。
お造りは仙台港から。トロ、寒ブリ、車エビ油通しという品々で、菜の花と梅花人参が添えられて華やかな印象。山あいにいることを忘れてしまいそうな新鮮な食材だ。
冷やし鉢には芽カブと白魚のとろろかけ。千社唐、二十日大根が添えられ、カツオだしで割ったポン酢がさっぱりとした一品。
メインに出されるのが契約牧場から直で仕入れられた最高級の山形牛、そのヒレ部位をふんだんに用いた陶板焼きステーキだ。添えられた本シメジとピーマンが肉の味を引き立たせる。
鍋物に山形名産の芋煮鍋が出される。具は里芋、こんにゃく、平茸、牛肉、笹葱。その場で火にくべていただくので、このアツアツの郷土味覚は通年堪能できる。
洋皿には銀クエの塩焼きとパンプキンサラダ。明太子ドレッシングの辛味がさっぱりとしたクエによく馴染む。
蒸し物には自家製の広うす(がんもどき)と、蟹爪をもち米でくるんで挙げた道明寺揚げ。とき辛子の味がしっかりと浸透している。かもじ葱の青臭さが口の中をフレッシュにしてくれる。
酢の物は茹でずわい蟹。素材の味を一番引き立たせる、カニ酢に軽くつけていただく。蛇腹キュウリや若布(ワカメ)が添えられる。お米は山形県産の「はえぬき」や「どまんなか」を使用したもので、やはり地物食材にはよく合う。
白磁の皿に上品に盛られたデザートは、苺のとちおとめ、みかん蜜煮、紅芋茶巾、マンゴームースの四点。季節によって、果物王国山形ならではのバリエーションが楽しめるのもこのデザート。さくらんぼ狩の季節にはさくらんぼを中心にしたメニューとなるそうだ。この献立にしてこの見た目にもかわいらしいデザートは意外であったが、これもベテラン料理長の玉木さんの力作。食材を選ぶ審美眼もさることながら、一工夫加えて食材の味を引き立てるという、職人の技を感じさせる献立であった。
朝食も和食は部屋でいただくが、洋食を希望の場合には、1階の会場でいただく。和食はご飯と味噌汁という、定番の和定食に加え籠に盛られた6品と、うどんが中心の朝食。籠盛りの内訳は、ふきとさつま揚げの旨煮、筑前煮、ラジウム玉子、鮭塩焼きと南蛮味噌、南瓜と海老団子の焚き合わせ、土産としても人気の岩のりクラゲ。
洋食はアメリカンスタイル(アリマカンスタイル)。フレッシュサラダ、トーストに加え、トマト・オレンジ・グレープフルーツから選ぶジュース、オムレツ・目玉焼き・スクランブルから選ぶ玉子料理、お好みで自家製のカスピ海ヨーグルトとコンソメスープがつく。また、コーンフレークの用意もあるという。
カーペット敷きの館内は決して最新の流行に乗ったデザインや設備ばかりが整っているわけではない。むしろ具材のたくさんある幕の内弁当のような、賑やかな雰囲気にあふれる。歩みを進めるごとに次から次へと変化がみられる館内は、大袈裟かもしれないが遊園地のようにも感じられる。
宴会場も数箇所設けられていることもあり、団体客の利用も多くあるようだが、個人の客でも満足できるような仕掛けも多くある。「次世代の有馬館」を予感させる、前述のようにスタイリッシュな客室も2007年に誕生した。さらにはカラオケボックスもあれば、ゲームコーナーもある。離れには卓球室も用意されているというおまけもある。これらエンターテイメントだけでなく、女性に人気のある「癒し」も用意されている。1階の専用室では韓国で古くから伝わる美容健康法、よもぎ蒸しが体験できる。さらにはインド古式マッサージとして有名なシロダーラの本格的な施術を受けることもできるというのだから、ありとあらゆる客の要望に応えることができる懐の深さがあると言えよう。
新湯地区での老舗であることは上の通り。その歴史の一端を紹介するのが、「浪漫湯」前に掲げられたパネル写真である。採掘の機械や自噴湧出の様子、働く人々の姿をここに見ることができる資料としても貴重であるだけでなく、この宿にとっての記念碑的存在でもあるのだろう。往時の勢いよくあふれる様子を模して作られたのが大浴場の噴出口だという。
癒しに静けさを求める、隠れ家的な利用をこの宿に求めるのは難しい。だが、気の置けない仲間や家族、若いカップルなどが連れ合って泊まりに行くならば、楽しい思い出となる要素が満載である。東北らしいのどかで鄙びた風情の中、朴訥な話し方が印象的な須藤社長の人柄がそのまま乗り移ったような、朗らかな雰囲気にあふれた館内に流れる雰囲気は心地よく、心おきなく寛ぐことができる開放的な雰囲気はそうそう得られるものではない。見渡せば、東京などから来た客よりも、地元の常連客が多いようにも見て取れる。
だが、ここは地元の方々だけに独占させるには勿体無いほどの魅力がある。背伸びなどせず、普段着で行けるカジュアルな雰囲気なので、いつでも自分の別荘のような気分で利用することができるというのが一番の理由だ。なにも大自然や静けさだけに癒しがあるわけではなく、親しい人と一緒に楽しい時を過ごすこと、これも立派な癒しの要素となるということを改めて認識させてくれたお宿であった。 (J/eb)