24時間オンライン予約できる宿はこちら

TOP > 九州 > 鹿児島県 > 妙見温泉
アイコンの見方

貸切露天露天風呂付き部屋離れ貸切日帰り24時間利用食事エステ高速インターネットDVDサウナバリアフリーペット100%かけ流しかけ流し+加水かけ流し+循環囲炉裏混浴岩盤浴
露天風呂付き客室をこの世に出した、日本の原風景を残す茅葺きの宿
忘れの里 雅叙苑
わすれのさと がじょえん
wasurenosato gajoen
TOPへ戻る
忘れの里 雅叙苑

忘れの里 雅叙苑
<上記の画像をクリックすると公式HPにリンク>

この宿のクチコミ情報を投稿する!
忘れの里 雅叙苑 気軽に連泊・プラスワンステイ
24時間オンライン予約
住所:〒899-6507 鹿児島県霧島市牧園町宿窪田4230
TEL : 0995-77-2114 ※MAPで宿を確認
宿の公式ホームページへ
http://gajoen.jp
※予約問合せの際は、必ず「貸切温泉どっとこむ」を見たと言ってください。

創業:昭和45年  改築:昭和63年  改装:平成22年
部屋数:10 室
貸切露天風呂 ×0
貸切の内風呂 ×1
部屋付きの露天風呂 ×5
部屋付きの豪華内風呂 ×3
オススメの客層 〜20代 30〜40代 50代〜 ファミリー 女性客 お忍び系
露天付き客室 ★★ ★★★ ★★★ ★★ ★★★ ★★★
お風呂リビング ★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★★ ★★★
一般客室 ★★ ★★ ★★ ★★ ★★★
貸切&客室露天風呂の画像はコチラ 施設&大浴場の画像はコチラ 客室の画像はコチラ 料理の画像はコチラ お土産&その他の画像はコチラ
画像その@ 画像その@ 画像その@ 画像その@ 画像その@
画像そのA 画像そのA 画像そのA 画像そのA 画像そのA
  画像そのB 画像そのB   画像そのB
      この宿の総括(エピローグ)を見る
★姉妹旅館の「天空の森」のHPはコチラ

 この宿のキーワード ■元祖・露天風呂付き客室の宿
■薩摩の生活文化を伝承する「日本旅館」 ■美肌とリラックス効果のある温泉をかけ流し
■無農薬・有機栽培の自家菜園からの食材 ■新提案・お風呂リビングが大評判

貸切&客室露天風呂の画像はコチラ
露天風呂付き客室を発明したのはこの宿
貸切&客室露天風呂の画像はコチラ
新提案…居間と温泉の融合「お風呂リビング」
「雅叙苑」は全10室中、8室が露天風呂付き客室となる。しかし、2010年3月の改装によって、厳密には露天風呂付き客室が5室、お風呂リビング付き客室が3室となった。

まず一番グレードの高い、特別室離れの「椿」の露天風呂は、切石のお風呂。
広々としたテラスの一角にあり開放感いっぱいだ。
すぐ横にはタオル生地を巻いたデイベッドが置かれ、入浴後に涼むには最高なツールと言える。

準特別室とも言える離れ「風」の客室露天風呂もいい。
天降川沿いにお風呂の奥には、露天のシャワーブースも備える。ここにも「椿」と同じタオル生地を巻いたデイベッドがあるのが嬉しい。
「空」「草」も同じく天降川に面する客室露天風呂となっている。

「べに」「もみじ」「さくら」「けやき」は一段山側の高い位置にある離れだが、こちらも雰囲気たっぷりだ。
「べに」には、「椿」「風」ほどではないが、露天風呂の横に一人用のデイベッドが用意されており、この部屋の人気の要因ともなっている。

「もみじ」「けやき」のお風呂も大浴場「建湯(たけるゆ)」同様、岩をくり貫いた湯舟だが、ちょっと小さめなので大人2人で同時に湯浴みするのは難しく、お一人様限定。
「さくら」も同様に、くりぬき湯舟だが、こちらは2名までは同時に入れそうだ。

この「けやき」「さくら」「もみじ」の3部屋は、2010年3月にリニューアルされ、「お風呂リビング」と称する新提案の客室風呂となった。
これは、そのまま客室の露天風呂を、リビングルームで包み込んだもの。
つまり、露天風呂ではなく内風呂仕様となってしまうが、大きな窓を採用して、開放感はできるだけ露天風呂時代と変わらずとした。
逆に「部屋」としてしまうため、エアコンを設置して、夏でも冬でも快適な温度で湯浴みができ、しかも、床には温泉のパイプを張り巡らせ、冬場には嬉しい床暖房とした。
それぞれのお風呂リビングには、ローベッド、ソファーなどが置かれ、入浴後にダイレクトに横になれる、今までなかった楽しいバスタイムが堪能できそうだ。


宿の公式ホームページへ さらに「忘れの里 雅叙苑」には、貸切風呂がある。
天降(あもり)川沿いの「うたせラムネ湯」と称するお風呂だ。
客室に置かれている部屋名の入った木札をお風呂の入口に引っ掛けることにより「貸切風呂」となるシステムとなっている。
まず、「うたせラムネ湯」は2つの浴槽と打たせ湯が特徴のお風呂だ。
入口に近い湯舟の温泉は若干湯温が低く、炭酸成分が多い。
ラムネ湯の呼称はここからきている。客室風呂や大浴場の「建湯」とは泉質が違うのだ(現在、泉質分析がされていない)。
こちらの風呂もシャンプーや石鹸も置いていない。
入浴のみのお風呂なのだ。
先に客室の露天風呂か、男女別の大浴場「建(たける)湯」で体を清めてから入りたい。

「雅叙苑」のすべてのお風呂は、すべて源泉かけ流し。
「うたせラムネ湯」を除くすべてのお風呂で使われている温泉の「泉質名は、「ナトリウム・カルシウム・マグネシウム−炭酸水素塩泉」(含土類−重曹泉)。
重曹成分の働きにより、皮膚表面の皮脂や汚れを洗浄するので、オイリースキンタイプの人には特に爽快感がある。
いわゆる「美肌の湯」の泉質と言えるもの。
それに、カルシウム成分の作用により、リラックス効果も期待できる。
「雅叙苑」のお風呂は、それぞれ個性があって、趣きあるものばかり。
露天風呂付き客室や、お風呂リビングの客室を選んでも、「建湯」「うたせラムネ湯」・・・と、できれば全部入りたいものだ。
貸切&客室露天風呂の画像はコチラ 画像その@ 画像そのA
この宿の公式HP

宿泊情報 ※料金は1室2名様宿泊時の1名様分 (サービス料込税込)※入湯税150円
■一般客室(Aタイプ)
・8帖タイプ(定員2〜3名)
・12帖タイプ(定員2〜6名)
¥25,560〜 休前日アップ料金 ¥1,890
8帖タイプ全1室「みず」  ※間取りは、和室8帖+トイレ付き。バスなし。
12帖タイプ全1室「ひかり」  ※間取りは、和室12帖+トイレ付き。バスなし。
■囲炉裏&露天風呂付き
(Bタイプ)
(定員2〜3名)
¥32,910〜 休前日アップ料金 ¥1,890
全1室「べに」
※間取りは、囲炉裏の板の間+和室6帖+テラス+デイベッド+客室露天風呂+トイレ。
■囲炉裏&お風呂リビング付き
(Bタイプ)
(定員2〜3名)
¥32,910〜 休前日アップ料金 ¥1,890
全3室「けやき」「さくら」「もみじ」
※間取りは、囲炉裏の板の間+和室6帖+お風呂リビング+トイレ。※けやきは囲炉裏なし。
■露天風呂付き
(C’タイプ)
(定員2〜3名)
¥32,910〜 休前日アップ料金 ¥1,890
全1室「くさ」
※間取りは、板の間4帖+和室8帖+客室露天風呂+トイレ。
■露天風呂付き二間
(Cタイプ)
(定員2〜5名)
¥32,910〜 休前日アップ料金 ¥1,890
全1室「そら」
※間取りは、和室6帖+6帖+客室露天風呂+トイレ。
■露天風呂付き離れ
(Dタイプ)
(定員2〜4名)
¥38,160〜 休前日アップ料金 ¥5,250
全1室「風」
※間取りは、和室6帖+4.5帖+ウッドテラス+デイベッド+客室露天風呂+露天シャワーブース+トイレ。
■露天風呂付き離れ特別室
(Eタイプ)
(定員2〜6名)
¥48,660〜 休前日アップ料金 ¥2,520
全1室「椿」
※間取りは、1F:ダイニング 2F:和室6帖+6帖+ウッドテラス+デイベッド+客室露天風呂+シャワーブース+トイレ。
■IN→ 13:00 ■OUT→ 12:00 ■カード使用
■部屋の眺望 川・山 ■部屋食 夕 
■夕食の内容 自家栽培の野菜や地元の食材をメインとした田舎料理
■朝食の内容 お魚と玉子の焼き方をチョイスできる山里料理

施設&大浴場の画像はコチラ 施設&大浴場の画像はコチラ
20トンの大岩を主人自ら手彫りした豪快な湯舟 見知らぬ客同士が酒を酌み交わす一期一会の囲炉裏
「忘れの里 雅叙苑」は、鹿児島県北部、霧島温泉より南側に位置し、鹿児島空港からクルマで15分のロケーションの妙見温泉にある。
妙見温泉は、新川渓谷温泉郷(日の出温泉・塩浸温泉・安楽温泉・新川温泉・妙見温泉・日当山温泉・姫城温泉)のひとつ。
天降(あもり)川に面していくつかの温泉旅館が建ち並んでいるが、元々は湯治場として地元の人々に愛されてきた素朴な温泉地なのだ。

幕末、坂本龍馬とおりょうが、日本で最初の新婚旅行をしたと言われているが、実はその場所はこの妙見温泉の近くの塩浸(しおひたし)温泉と言われている。
しかし、残念ながら今はその宿はなく、その場所に日帰り温泉施設があるのみとなっている。
また、妙見温泉には、龍馬とおりょうも見て感激したという「犬飼滝」や、その遊歩道沿いに相当古い歴史を持った野湯「和気の湯」という混浴露天風呂もある(現在は個人所有)。

さて、「忘れの里 雅叙苑」は、その妙見温泉の中心地、天降(あもり)川に沿った細い道を、木の看板を手がかりに坂道を下っていくと辿り着く。
苑内に入ると「この道 にわとり優先」の看板が目に入る。そして茅葺きの屋根がはっきりと見えてきた。
大きな建物はなく、木造の離れが点在して、それぞれがパブリック施設だったり、大浴場棟だったり、客室だったりするわけだ。
下り坂を降りきると広場があり、ここでスタッフがお出迎えしてくれる。
そしてフロントへ導かれると、ニワトリも歓迎の挨拶でもしてくるかのように現れた。
この宿のフロントは「帳場」と呼ばれ、おみやげ品も販売しているとなっており、ここでチェックインの手続きをする。

ロビーの代わりをするのは、その隣りの茅葺きの「囲炉裏小屋」となる。
敷地は天降川沿いに横長の形。
茅葺きの屋根は「囲炉裏小屋」、「水屋」(調理場)、朝食会場の「いちょうの間」、宿泊棟の離れ「かぜ」「べに」「もみじ」「さくら」「けやき」の9棟。その他の建物の屋根は瓦葺きとなる。
そのほとんどが、周辺の古民家を移築したものばかり。
長い年月を費やして出る本物の古材の良さを、ふんだんに見ることができる。
梁や土壁など味わい深いものばかりだ。

宿の公式ホームページへ敷地の中心部に「厨房茶房 不忘舎(ふぼうしゃ)」がある。
2010年に改装を施し、床には温泉のパイプを敷き詰めて、冬場は床暖房となった。
以前、「おみやげ処」だったところと、「読書室/カフェバー」の壁を取り払い、ワンフロアとしたため、開放的で広大な空間となり、中心には大きなテーブルも置かれ、昼間は喫茶室の役目も果たし、ランチの提供もここで行うようになった。
また、鹿児島の焼酎の他、シャンパン、ワイン、ウィスキーなどがいただける、バーとしての機能を持つ。
室内は、iPodスピーカーからジャズの音色が流れ、寛げる空間となっている。

大浴場棟の手前には「エステルーム」も用意されている。
「雅叙苑」直属のスタッフが、心をこめてする施術は、評判が高い。
全身トリートメントから、フェイス、ヘッドスパ、そしてフットリンパなどメニューも多彩だ。

「忘れの里 雅叙苑」はその名の通り、宿自身が、ひとつの「村」を形成しているかのようだ。
この独特の雰囲気は、まさに日本の原風景、それも地元鹿児島の山村の生活シーンを投影したように作られている。
それでいながら、現代人が望む快適な設備は当たり前のように用意され、そこにオーナーと女将さんによる他ではマネできないエッセンスを散りばめて、客を迎え入れる。

この「雅叙苑」の特徴的なことのひとつに、お客のほとんどが遠方からわざわざやってくるという点があげられる。
首都圏で5割、関西圏で2割・・・とは驚くべき数字だ。
地元九州の比率よりも高いのだ。
つまり、この宿にはわざわざ飛行機を使ってまで訪れるお客が多いということ。
日本でも有数の人気旅館「雅叙苑」には、人を引き寄せる数多くのコンテンツが内包されているという事が、これでお分かりだろう。

宿の公式ホームページへまた、「雅叙苑」を語るには、やはり温泉は欠かせない。
男女別大浴場「建湯(たけるゆ)」は、重さ20トンもの巨大な一枚岩を、半年がかりでくり貫いて作った湯舟が大迫力。もちろん源泉100%かけ流しの温泉だ。
泉質は鉄分を含む、「含土類−重曹泉」で、神経痛、疲労回復、そして美肌効果もあるという。
嬉しいことに、満室の状態でも、このお風呂は貸切状態になる場合が多い。
それは、ほとんどの客室に露天風呂が付いているためだ。
このお風呂の湯浴みは天降川のせせらぎを聴きながら、まさに至福の時間を過ごせるだろう。

そして、「足湯」も天降川に近いところに設けられている。
以前は「雅叙苑」名物の混浴露天風呂、そして、お風呂の入口に客室の木札を掛ければ貸切露天風呂となった湯舟は、現在「足湯」となった。
川向こうの宿の目隠しのための囲いが台風で飛ばされたり、温泉の湯量の問題などで現在のようになったが、目の前の天降川は、天然のスッポンが泳ぎ、6月にはホタルも舞う自然豊かな所でもある。

「雅叙苑」内には、夕食前に無料サービスのコーナーを設けている。
人気なのは、この宿ならではの素朴な「ふくれ菓子」。チェックインの時間になると、「読書室」前に置かれる。
さらに、サツマイモも「囲炉裏小屋」に置かれていた。
レモン水も無料でいただける。
また、夕方、食事前になると水屋前には冷えたワインも水屋の前に用意される。早めの食前酒というわけか。

また、「囲炉裏小屋」は、夜になるともうひとつの顔を見せる。
夕食後、スタッフによる拍子木の合図とともに、宿泊客がここに集まってくる。
囲炉裏には、薪がくべられ、地元の人が「カッポ酒」という竹筒の焼酎が温められている。
ここで知らない客同士が一期一会を感じながら夜空の下、語りあうのだ。
人は昔から、火のもとに集う。
この囲炉裏は火を囲みながらの社交場(サロン)と化すのだ。
実際、「雅叙苑」での一番の思い出、楽しみは、実は囲炉裏小屋での語らいという客が多いという。
オーナーこだわりの演出がここにも見える。
施設&大浴場の画像はコチラ 画像その@ 画像そのA 画像そのB
この宿の公式HP

客室の画像はコチラ 客室の画像はコチラ
古民家を移築した温泉宿の先駆けは「雅叙苑」 客室露天風呂を更に進化させた「お風呂リビング」
客室のタイプは大きく分けると5タイプに分けられる。
露天風呂付き特別室「椿」、露天風呂付き準特別室「風」と露天風呂付き客室「そら」「くさ」「べに」。
そして、2010年3月に改装を施し誕生した新コンセプト「お風呂リビング」の客室、「けやき」「さくら」「もみじ」。
最後に一般客室「光」と「水」といった構成となる。

まず全10室中、露天風呂付き客室は5室あるが、それぞれが独立した離れとなっている。
いずれも昔からあった、地元・鹿児島の茅葺きの古民家を移築して、改装したものだ。

まず、露天風呂付き特別室「椿」(Eタイプ)から紹介しよう。
敷地の一番奥にある離れはメゾネット型となっている。
「雅叙苑」で一番広い、そして豪華な客室がここだ。
豪華といっても、それは「雅叙苑」。田舎の雰囲気を残しつつも、リゾート気分を促すような空間もある。
玄関にあがると、そこは郷愁を感じさせる囲炉裏のある板の間が用意されている。
夕食はここでいただくことになる。
2Fは、和室が2間。そして広大なオープンテラスが配されて、開放感と快適性を両立させている。
切石の露天風呂に好きな時間に入って、白いタオル生地のシーツを巻かれたデイベッド(お昼寝用ベッド)に寝転ぶ。
その視界には「けやき」「さくら」など、他の宿泊棟の茅葺きの屋根が見える。
このテラスにはチェアも2脚用意され、その間には氷を敷き詰めたクーラーボックスがあり、お酒やソフトドリンクが冷やされていた。
今から思えば、あの究極のリゾート「天空の森」の原点を連想させるような設えが、この客室にはあるような気がする。
また、この「椿」は各界の著名人がよく利用される事でも知られている。
お忍び旅行には最適な部屋なのかもしれない。

宿の公式ホームページへ「椿」に次ぐグレード(Dタイプ)の客室が「風」だ。
2間続きの和室に、広めのオープンテラスには、客室露天風呂、デイベッド、シャワーブースなどがコンパクトに配されている。
天降川に面していて、川のせせらぎの音が気持ちいい。
ご夫婦、そしてファミリー層にも人気の高い部屋だ。
実はこの部屋は、いわゆる「露天風呂付き客室」の元祖。
昭和53年(1978年)に改装を施し、客室に専用の「露天風呂」を備えたのである。
現在は「露天風呂付き客室」が当たり前の時代。
それを今から30年以上も前に世に出したのは、実はこの「忘れの里 雅叙苑」だったのである。

次のグレード(Cタイプ)は、「そら」と「くさ」の2室。
「そら」は、天降(あもり)川に面している客室で、しかも客室棟の一番手前にあるため、角部屋のようで開放的でもある。
そして、6帖+6帖の2間続きなので広々している。
ファミリー層にお勧めの客室だ。
縁側にはテーブルも用意されていた。広めの客室露天風呂もいい。定員が5名の部屋だ。
ちなみに、国内最後の内戦、西南戦争(明治10年)時の弾痕が、そのまま残っている柱が、この部屋で使われている。

「くさ」も、天降川に面し、コンパクトな空間ながら、なぜか落ち着いた雰囲気の部屋だ。
熟年のご夫婦にお勧めの客室。こちらも客室露天風呂が付く。8帖+板間(4帖)。定員3名。

宿の公式ホームページへそして、Bタイプの客室。
「水屋」の一段上に建つ離れ4部屋だ。
そのうち、「けやき」「さくら」「もみじ」の3室が、2010年3月に誕生した「お風呂リビング」の客室となる。
板の間には囲炉裏が付いて、それぞれ独立した離れとなっている。
奥のお風呂は、以前、客室露天風呂スペースだったところに、壁と大きなガラス窓で囲い、床下には温泉のパイプを張り巡らせ、床暖房とした。
リビングと称するように、このお風呂スペースには、エアコンも装備し、湯上り後も裸で横になれるソファーやデイベッドも備えられている。
これは、まさにリビングルームに温泉を置いたという非常にユニークなもの。
実際の日常では味わえない空間がここに用意されている。
最初はとまどうお客もいるそうだが、時間がたてば、これほど快適な空間もないと分かる。
好きな時にお風呂に入り、ベッドに横になっては、またお風呂に入る。
温泉好きには堪えられない設えかもしれない。
定員はいずれも3名。「けやき」のみ、オープンテラスが設けられている。

「べに」も独立した離れとなっている。囲炉裏も付く。
その囲炉裏には、"ふち"に合わせたテーブルが設置され、ここで夕食をいただけるようになった。
客室露天風呂も大きめの湯舟となっていて、開放的。
テラスにはデイベッドが付き、カップルにはお勧めだ。定員3名。

露天風呂の付いていない一般客室は2部屋。
天降川沿いの「ひかり」と「みず」がそうだ。
「ひかり」は12帖の広めの和室。
ファミリーやグループ客に向いている。定員6名。
「みず」は、8帖で定員3名。
コンパクトな空間ながら、「雅叙苑」らしさを充分感じさせる部屋だ。
客室の画像はコチラ 画像その@ 画像そのA 画像そのB
この宿の公式HP

料理の画像はコチラ 料理の画像はコチラ
直営ニワトリ牧場の薩摩地鶏の刺身 オーガニックにこだわった自家栽培の野菜が美味しい
まず、「忘れの里 雅叙苑」の料理を紹介する前に、基本の「食材」について説明させていただく。
実に驚くべき事だが、実に食材の90%以上は、自給自足で賄っているという点だ。
野菜はほぼすべて、「天空の森」の自家菜園で作られている。
しかも「オーガニック(有機栽培)」であり「無農薬」。
だから、人が食べられるような野菜になるのは、30%にも満たないという。
残り70%の野菜は、やはり自社運営の「にわとり牧場」の鶏たちのエサとなる。
「雅叙苑」そして「天空の森」は、「エコの王国」。
食材になるまでの流れを説明するとこうだ。

広大な「天空の森」の落ち葉と、鶏の糞を混ぜて3年寝かす。

それが堆肥となる。

それを使って野菜を作る(有機&無農薬栽培)。

その野菜を料理の素材として利用する。

お客の食べ残しや野菜のカスを混ぜて鶏のエサとする(発酵飼料)。

・・・いかがだろうか。このサイクルが限りなく続けられているのだ。
まさに小さな旅館自体が、地球の営みと同じように見事にリサイクルしているのだ。

オーナー田島健夫さんは、「旅館」は「日本文化」のひとつと位置づけている。
そして、その「旅館」は「地域文化を紹介するプロバイダー」と考えている。
その地域文化の中心となるのが「食」。
それを見せかけだけの料理に仕上げるのは簡単だが、生産から調理に至るまで、すべて自分たちの手でやってしまおうというのが、田島流の考え方なのだ。

これは、ある意味、理想のカタチでもある。
しかし、前述のように、無農薬にこだわれば、お客に出せる野菜が30%出来ればいい方という現実。
つまり、無農薬栽培というのは「人手」がかかるという事であり、「コスト高」になるという意味でもある。
しかも「少量多品種」生産だから、なおさらだ。
「旅館業」に限らず、商売は、当たり前のように営利を追求しなければならない。
経営コンサルタントや大企業の社長は、口を揃えて、コストをいかに抑えるかをまず第一に考える。
あの日産自動車の窮地を救ったゴーン社長も、ニックネームは「コストカッター」と呼ばれた。

ところが「雅叙苑」と「天空の森」を率いる田島社長の考えは、まるで逆の発想。
自らが地域文化の伝承者と考えているのか、その土地に根付いた、昔から食していた「本物の料理」を、ゲストに提供することをまず第一に考えているのだ。
言い方を変えれば、「採算度外視」。
非常にリスクの高い方法ではあるが、それが「雅叙苑」の常連客に支持されているおかげで今があるのだ。

例えて言えば、大根1つとっても、近所のスーパーや農家で買ってくれば安く済むところを、わざわざ手間をかけて作る「コストがかかっている」大根を使うのだ。
その愚直なまでのこだわりは、料理の献立にも表れている。
いわゆる上品な懐石料理ではなく、昔から薩摩地方で大事なお客をもてなす際に出される料理を作ることを心がけている。

そんな裏の事も知らず、見た目だけ評論し、料理の素材も高級なものを使わない・・・などとクレームをつけるブログやクチコミ情報をたまに目にすることがある。
残念ながら「雅叙苑」の考え方、大げさに言えば思想を理解できなかったか、または知らなかったのか分からないが、是非この記事を読んでご理解いただきたい。

「茅葺き屋根の古民家を移築した建物」「岩をくり貫いた湯舟の客室露天風呂」・・・など、ハードの情報で目を引き、この宿を選び、料金も高級な部類に入るので、さぞや料理も高級素材を使われるかと思いきや、昔ながらの田舎料理が出されて驚くお客もいるだろう。
しかし「雅叙苑」は、まったくもって「正統派の宿」と言っていい。
これほど真面目に地域文化を紹介しようと思っている旅館を私は他には知らないからだ。

お米も、とうもろこしも、パプリカも、本物の味がするし、その地方の匂いがする。
1500羽を飼っている「にわとり牧場」の鶏も、通常生後50〜60日で料理するところを、最低10ヶ月待って絞める。
敷地内を自由に運動させ、発酵飼料を使うことによって、通常美味しくない部位でも美味しくいただけるという。
田島社長曰く「時間というもう1つの飼料を与えている」との事。


宿の公式ホームページへここで「忘れの里 雅叙苑」の夕食の一例をご紹介しよう。(2010年6月取材)
夕食は、基本的にお部屋でいただくことになる。

食前酒は自家製の梅酒。

次が、「雅叙苑」が運営している鶏牧場で育った地鶏の刺身盛り合わせ。
モモ、ムネ肉、ササミ、砂肝、が並ぶ。
手作りこんにゃく、里イモの茎、玉ねぎも添えられていた。

そして、とれたて新鮮な季節の野菜盛り合わせが登場。
「雅叙苑」が運営している「にわとり牧場」で育った地鶏の温泉卵と、玉葱、人参は「天空の森」の自家菜園で採れたもの。
その他ゴーヤ、キャベツ、キュウリ、水菜、豆腐の上に、ちりめんじゃこ、海苔、鰹節、カリカリに揚げたじゃが芋が載せられている。
岩塩で下ごしらえした野菜に、温泉卵をからめ、さっとレモンをかけていただく。

次に、天降川でとれた天然鮎の塩焼き。
たでの葉ですった酢につけていただく。

そして、野菜の味噌田楽。
茄子、厚揚げ、ゴーヤ、しめじ、椎茸、青唐、こんにゃく、黒豚を味噌で甘辛く炒めている。

ここで、お品書きには無いサプライズの前菜。
大名竹、黒毛和牛がメインの前菜。他に「天空の森」自家菜園で採れた人参、大根、インゲン、そして、自家製の豚味噌が添えられていた。

続いて、だご汁。
さつまいも(唐芋)のでんぷんで作った団子入り。
他に鶏ミンチ(つくね)、人参、椎茸、天空の森産の小松菜など。

そして、メインといっていい黒豚の角煮。
黒砂糖と焼酎で味付けし、じっくり煮込んだ鹿児島黒豚の角煮だ。

次は、摘み草揚げ。
よもぎ、みつば、おおばこ、さつまいも、ゴーヤ、らっきょう、どくだみなど。

そして、田舎そば。
毎日手打ちしている蕎麦粉100%の逸品だ。
だし汁に天然の乾燥鮎を使用している。

締めは、山菜おこわと胡麻みそ汁。
山菜おこわには、竹の子、シメジ。
ねりごまの入った胡麻みそ汁の具は、大根、人参、椎茸、豆腐。
自家製の香の物もいっしょにいただく。

デザートは、スイカと枇杷をいただいた。

夕食は以上だが、まさに鹿児島の田舎料理。
この味、この献立が「雅叙苑」の真骨頂なのだ。
コンセプトは明確だ。ココは京都ではない。だから京料理は出さない。
薩摩の素朴な田舎の味を、都会に住んでいる方に提供する。この割り切り方がすばらしい。
最近「地産地消」という言葉がもてはやされているが、「雅叙苑」は当たり前のように昔からこうなのだ。
竹の器もこの宿らしい。なにも高価な器で料理を出されても、美味しいとは限らない。
いかにも自然の摂理に基づいた料理。
「雅叙苑」の常連客が支持するのは、遠方からやってくる旅人を、心から癒してくれる料理を作ってくれているからなのだ。


宿の公式ホームページへ朝食は、「雅叙苑」の最初の茅葺きの建物「いちょうの間」でいただく(2010年4月取材)。
近隣の農家の建物を移築したもので、どっしりとした存在感のある佇まいだ。
その「いちょうの間」に入る前に「水屋」にて、朝食の焼き魚と玉子料理(生卵・玉子焼き・目玉焼き・玉子とじなど)をチョイスできる。
取材時に選んだ魚は天然鮎のひらき。名人が釣ってくる自然が育んだ鮎は新鮮そのものだ。
玉子でチョイスしたのは、季節の野菜たっぷりの玉子とじ。
他に、濃厚な味わいの豆腐(おかべ)、野菜がたっぷり入ったそばがき(しめじ、もやし、菜っ葉、小松菜、水菜、豚肉は入る)、旬のお浸し(タケノコ、ほうれん草、野蒜、かつおぶし)、蕗の煮物、ゆべし(タケノコ、ワラビ、インゲン、黒豚の豚味噌)、オカラ、野菜サラダ、さつま揚げという盛りだくさんな朝食の内容。
そして、薪で炊いた自然薯と芋のご飯。
さつまいも(唐芋)といっしょに炊き上げ、やさしい風味に。
味噌汁は、人参、大根、ごぼう、竹の子、わらび、油揚げとたっぷりの具が美味しい。
さらに、「天空の森」で生産している玉ねぎ、ジャガイモ、菜っ葉が入る。味噌汁に玉子を入れるのは、昔から鹿児島では一番のご馳走と言われているという。
自家製漬物も付いた。豆乳ドリンクも朝にぴったりだ。
こんな朝食を毎日ゆっくり食べられたら、絶対病気などしないだろうと感じさせる、自然の恵みたっぷりの献立であった。


「不忘舎」では、お昼のメニューも提供している。
幕末に、坂本龍馬とおりょうが、西郷隆盛の誘いを受けて、日本人初の新婚旅行をした先が、近隣の塩浸温泉周辺ということもあり、それにちなんで3つのメニューを販売している。
2010年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」の影響か、ここ最近は特に日帰り客が多くなったようだ。
メニューは、「西郷どん」、「龍馬さん」、「お龍さん」。
「西郷どん」は、「にわとり牧場」で元気に育った鶏肉と卵の鶏丼。野菜もたっぷり入っている。
「龍馬さん」は、霧島産の蕎麦を毎日手打ちしていて、出汁は天然の乾燥鮎でとっている逸品。
「お龍さん」は、「天空の森」の畑で採れる季節の野菜をふんだんに使ったサラダラーメンとなっている。
いずれも、自家製のよもぎ団子とコーヒーがついて1,800円。
料理の画像はコチラ 画像その@ 画像そのA
この宿の公式HP

料理の画像はコチラ 料理の画像はコチラ
究極のリゾート「天空の森」日帰りプランも人気 雅叙苑ならではの記念日サプライズの野菜のブーケ
「忘れの里 雅叙苑」の姉妹施設「天空の森」は、わかりやすく言うと、「山一つ、一組のお客様のために貸切にしますよ」という提案のリゾート施設。
現在、敷地は15万坪、東京ドーム10個分の敷地に宿泊ヴィラが3棟、日帰り専用ヴィラが2棟の合計5棟しかないという贅沢な空間が広がっている。「雅叙苑」からはクルマで10分ほどの距離だ。
その山にはいたるところに畑があり、年間30種類もの野菜が栽培されているという。
敷地内には枯葉や鶏糞を集めて腐葉土を作る場所もあるなど、まさに「天空の森」はエコの王国なのだ。

現在の「天空の森」は「雅叙苑」の宿泊とセットになった、いわゆる「野遊び」プランが好評となっている。
「雅叙苑」に宿泊して、「天空の森」でピクニックランチをいただき、昼間の間、露天風呂付きの専用ヴィラで過ごすというものだ。
日帰りのヴィラは「花散る里」と「つばめの巣」の2つ。
もちろん「雅叙苑」からの送迎も付いている。
お一人様料金4時間31,500円、6時間42,000円。すべてサービス料、税金込み。ピクニックランチやドリンク類はすべて料金に含まれる。オプションでエステも受けられるという。
また、9時から20時までの間の最長10時間施設を利用できる、ワンデイエスケープ52,500円というプランもある。

ヴィラ「花散る里」は、天気が良ければ、遠くは栗野岳、韓国岳、高千穂峰を望む大パノラマを眺めることができる。ハンモックも備える。
リビング棟にはベッドの代用になるような大きなソファもある。
エステ用のベッドも屋外にあった。
オープンのウッドテラスも広々としていて「天空の森」の中でも開放感は群を抜く。

「つばめの巣」はその名の通り、露天風呂に浸かると山を見下ろすその感覚は、まるで鳥の巣にいるように"浮遊感"たっぷりだ。
リビング棟には大きなベッドが備わり、そのベッドからも絶景を堪能できるのだ。
敷地面積は同じ日帰り施設の「花散る里」には及ばないが、コンパクトな包まれ感と露天風呂の開放感を両方味わえるヴィラなのだ。


宿の公式ホームページへ「雅叙苑」のスタッフの接客の基本は、ベッタリお客様にまとわりつくような事はしない。
プライベートな空間にはできるだけ近づかないスタンスだ。
それでいて、客の要望を汲み取ってくれているようでもある。
「雅叙苑」には、宿の「文化」を理解してくれている「いいお客様」がたくさんいるような気がする。
もちろん、リピーター客も多いが、初めての人も何かしらか情報を得てこの宿にやってくる。
しかし、これほどの人気旅館でありながら、敷居の高さを感じさせないのはなぜか?
それは女将さんの指導もさることながら、スタッフ個々の資質と努力の賜物に違いない。
チェックイン前に、スタッフが近くで採れた山野草でペンダントを作っていた。
これもこの宿ならではのおもてなしのひとつ。

そして、今回、ある夫婦のお誕生日記念で宿泊したところを特別に取材させていただいた。
ご主人が奥さんの誕生日ということで「雅叙苑」を予約したというのだ。
ご主人はバースデイケーキを夕食後に持ってきてもらうように、スタッフにあらかじめお願いしておいた。
そして、段取り通りにケーキを部屋に運んできてくれた。
もちろんケーキだから、一人で運ぶのは充分なのに、5人のスタッフが中に入ってきたのだ。
奥さんもケーキで驚くがご主人もスタッフの人数に驚く。
すると、5人のスタッフはいきなりバースデイソングを合唱してくれたのだ。
これに奥さんもびっくり。よくスタッフの顔を見ると恥ずかしそうに歌っているが、そこがまたいい。
歌い終わった後、その奥さんは涙ぐんでいた。
まさにサプライズの演出を「雅叙苑」のスタッフなりにやってくれたのだ。
ご主人もここまでしてくれるとは思わなかったらしく、大感激の様子。
そしてスタッフ全員も笑顔。
・・・・・これも「雅叙苑」の一場面。決してスマートではないけれど、心からお客様に感謝する姿勢がそこに垣間見れたのだ。
取材をしていて、多少ベタかもしれないが、久々に感動させてくれるシーンを見せてくれた。
そして、ケーキといっしょに運ばれてきた「天空の森」で栽培している野菜を使ったブーケも見事だった。


宿の公式ホームページへエステルームも用意されている。
ボディ全身トリートメントから、フェイス、ヘッドスパ、フットリンパなど、豊富なコースが揃っている。「雅叙苑」の直属のスタッフが施術する。
夕食前のショートのコースもある。
なお、客室でも施術をするサービスもあるとの事。

「雅叙苑」のおみやげは素朴なものばかり。
「鶏牧場のたまご」は、肥料添加物や抗生物質などを使わない、自然のエサで育てられたもの。
おやつで出された「ふくれ菓子」やウェルカムお菓子で出された「よもぎだんご」も、おみやげとしても販売している。
これもオリジナルの「薬草茶」と「柿の葉茶」も人気だ。
フランス製のオリジナルデザインのエコバッグも販売されていた。


宿からおよそ1kmほどの場所にある直営の「にわとり牧場」は、露天風呂「和気湯(わけゆ)」の近くの、自然豊かな長閑な環境にある。
1500羽以上(薩摩地鶏や「鳳凰どり」など食用のブランド鶏、卵用品種合わせて)を平飼いで飼育している。
環境がよく、天気のいい日は外に出して遊ばせているので、ストレスのない健康な鶏が育つのだ。
牧場の隣の田んぼで飼料米や麦を育てており、また地域の方に委託して飼料米作りに取り組んでもらっている。
その他に野菜くず、米ヌカや残ぱんを発酵させた手作りの飼料を与えている。
最高の環境で育ったこれらの鶏だが、飼育に手間がかかるため、市場には出していないという。
しかし、インターネット販売は行っているので、詳しくは「忘れの里のにわとり牧場」HP(http://chick-farm.com/)をご覧いただきたい。

「雅叙苑」の周辺は、見どころ豊富なエリアでもある。
2010年NHK大河ドラマ「龍馬伝」で話題となった、坂本龍馬・おりょうの薩摩の新婚旅行。
京都伏見の寺田屋で手傷を負った龍馬が、西郷吉之助の誘いを受けて、薩摩を訪れ、中でも一番長い逗留先となったのが塩浸(しおひたし)温泉。
現在、宿泊施設は無いが、龍馬の傷を癒した温泉を楽しめる日帰り温泉施設が開業している。
敷地内には、龍馬とおりょうが入ったとされる湯舟(レプリカ)や、銅像、縁結びの足湯などもある。

「犬飼滝」も龍馬ゆかりの場所。
坂本龍馬が「げにこの世の外と思われ候ほどめずらしきところなり」と絶賛したという。
そして、龍馬が乙女姉さんに宛てた手紙に「蔭見の滝」と紹介。
塩浸温泉にトータル18日間も滞在し、谷川で魚を釣り、短筒で鳥を撃ち、のんびり過ごしたと記している。
お土産&その他の画像はコチラ 画像その@ 画像そのA 画像そのB
この宿の公式HP

現在の「忘れの里 雅叙苑」の人気ぶりは、いまさら語ることもないだろうが、それは一朝一夕にできたわけではもちろんない。
オーナー田島健夫さん(昭和20年生まれ)と女将さんの悦子さん(昭和22年生まれ)の苦労と努力があったからこそ、今の「雅叙苑」があるのだ。

「雅叙苑」の創業は昭和45年(1970年)4月。
木造2階建ての建物で、1階が広間で2階に客室が5つあるだけの小さな宿であった。今や全国区の人気を誇り、憧れの宿として名をはせている宿の面影は、その当時はなかった。いわゆる安普請の宿であった。田島社長、25歳の時である。
・・・・・田島健夫さんは、古くから湯治場を営む家の次男として生まれた。
大学卒業後、鹿児島市内の金融機関に就職する。ところが、そろばんが不得手、そして何といっても事務処理の仕事が苦手で、すぐに外回りの仕事に変えられたという。
昭和45年は、日本は高度成長期の頃、日航機よど号ハイジャック事件、ビートルズが解散、プロ野球・読売ジャイアンツがV6・・・などがあった年だ。
国内の旅行業界を振り返ると、団塊の世代による新婚旅行ブームの真っ只中の時代であった。その旅行先で人気だったのは宮崎、大分(別府)、鹿児島(霧島)といった九州の観光地。
金融機関に勤めながらも、その現象のもの凄さを感じ、実家の母親に地元客相手の湯治旅館ではなくて、新婚旅行の客が訪れるような観光旅館をやらねば・・・と説いていた。実際に九州の旅館・ホテルは空前の好景気に沸いていた。
「それなら自分でやってみろ。」この一言で健夫さんは宿を新たに作る事を決意する。「雅叙苑」の誕生のきっかけがこれだ。
現在の宿の敷地は、もともと田島家が持っていた土地で、湯治旅館「たじま本館」の小さな別館が建っていた。それが大雨で流されて激甚災害の認定を受け、復興資金として1,000万円を貸してくれるという状況も、宿運営に走らせた。
すぐに金融機関を退社し、前述の木造2階建て、客室数5室の宿を作ったのだ。
「これから新婚のお客さんが来る!」田島社長は確信していた。

ところが実際は違った。まったく新婚客が来なかったのだ。
客といえば、当時、九州電力のダム工事に携わっていた土木作業員がほとんどだった。
ハネムーン旅館になるはずが、飯場のような宿になってしまった。
そんな折り、田島社長は現在の女将さん、悦子さんと翌年の昭和46年4月10日に結婚する。
悦子さんも別の金融機関で働いていた。同業の金融機関同士でバレーボール大会などの集まりがあり、そこで知り合った。
田島社長が片道2時間もかかるにも関わらず、何度でも悦子さんの住む実家に行き、プロポーズを繰り返した。
悦子さんは「99%結婚しません」と田島社長に言うと、「それじゃ1%は望みがあるんだな」と言ったという。この超ポジティブ思考が、彼の真骨頂。
悦子さんがうんと言わないと、今度は両親に頭を下げてきたという。
そして、何度も訪ねてくる田島社長を見て、悦子さんの父に「こんなに一人の男に思われているなら女として幸せじゃないのか」と言わせ、そして悦子さんは遂に結婚を決意する。正式なプロポーズから半年が経っていた。
「なぜ、あの時100%結婚しません」と言わなかったのか、なぜ「99%」と言ってしまったのか、今でも不思議だと女将さんは笑いながら語ってくれた。

しかし、悦子さんは実際に宿に入り、女将として働き始めたが、客の入りは1年前となんら変わらない。借金を返すのに精一杯の毎日が続いた。
その頃を女将さんは「振り返りたくないし、思い出したくもない。」という。
特に最初の1年間は、女将さんは、いつも夕方になると寂しくなり、実家にどうやって帰ろうかなどと泣きながら考えていたという。
それもそうだろう、今まで公務員の家庭で育ち、金融機関に勤めて、自営業の大変さをよく知っていたからだ。
絶対に商売をしている人には嫁がないと心に決めていたのに、結婚してしまった。その後悔の念に苛まれていたというのだ。

田島社長はその頃、新たな融資の願いを以前勤めていた金融機関に申し込んでいた。
当時の売り上げは月商30万円の年商360万円。
ところが融資希望額は1,650万円。通常なら、貸してくれるはずもない。
融資担当者にも毎日のように出向き、銀行の開いている朝9時から午後3時まで粘り強く交渉した。まさに女将さんへのプロポーズの時のように本当に何度も足を運んだ。
「このままではうちの旅館はダメになってしまう。」ただ、その一念で行動していた。
しかし、担当者がノイローゼになりかけた頃、遂に支店長も音を上げた。融資の申し込みが通ったのだ。
以前の安普請の宿は、水道、温泉の整備、通路の補修など手を加えなければならない場所がたくさんあったという。女将さんにも子供ができ、地に足をつけて頑張ろうと心に決めた。

しかし、その融資も特効薬にはならず、低迷状態から抜け出せずにいた。
創業時と同じ、客も工事現場の作業員がほとんどだった。
「なぜうちの旅館には客が来ないんだ?」従業員も雇えず、夫婦二人で連日朝早く夜遅くまで働きながら、いっこうに良い兆しは見えない。
そのどん底の時は何度も宿をたたもうかといつも夫婦で話していたという。
それでも田島社長は女将さんに励まされながら、次なる手を模索していた。

「なぜ、日本人はハワイやヨーロッパに旅行に行くのか?」ある日、田島社長はこう思った。
「それは日常の違う文化に触れることに刺激や感動を求めているからではないのか」・・・と。
大げさに言えば、悟りの境地に至ったのかもしれない。実際、ここはハワイやヨーロッパでもない。ではどうするか?落ち着いて周辺の状況を眺めてみた。
当時の日本は古いものを壊し、どんどん新しい建物を作っていった時代。
旅館も木造の建物から鉄筋コンクリートの建物にして収容力を増やして、大型化を競っていた時代だった。
現在のような古いものをできるだけ保存していこうという発想はほとんどなかったと言っていい。

そんな中、昭和50年(1975年)、田島社長は商工会から450万円を借り受け、近所の茅葺き屋根の農家の家を移築した。現在の朝食会場「いちょうの間」である。
壊されつつあった、鹿児島の田舎の生活文化を、「雅叙苑」で継承していこうと決心したのだ。
周辺に建ち並ぶよくある温泉旅館ではなく、個性的で魅力的でオンリーワンの宿を目指そうと考えたわけだ。
つまり、この年が本当の「雅叙苑」のスタートとも言っていい。
遂に方向性を見つけた記念すべき年となった。
世界に目を向ければ、ベトナム戦争が終結したのもこの年だった。

宿の公式ホームページへ翌年の昭和51年(1976年)、新たに茅葺きの古民家を移築した。
現在の離れ「かぜ」がそうだ。屋根が壊れていたため、無料で引き取れたらしいが、業者に屋根は直してもらい、それ以外の壁などの補修はすべて田島社長と女将さんが行った。
「お金がないから自分でやるしかない。」当たり前のことだった。

昭和52年〜53年(1977年〜18年)頃になると、茅葺きの古民家をわざわざ移築して旅館を営んでいる"異端"の宿があると、噂が少しずつ広がっていった。
売り上げも年商が1,000万円を超えるようになった。
それでも資金繰りは苦しい。しかし、売り上げが上昇気流に乗ってきたことに田島夫妻は、心から喜んだ。そして田島社長は自分の進むべき道は間違っていないと確信できるようになった。
その頃の「雅叙苑」は、創業時に建てた木造2階建ての客室5室と、移築した茅葺きの古民家「かぜ」の合計6室と、同じく茅葺きの食事会場「いちょうの間」という構成で営業していた。

昭和53年(1978年)、田島社長は、離れの古民家「かぜ」に、その後、旅館業界で大きな影響を及ぼすリニューアルを施すことになる。客室に専用の「露天風呂」を備えたのである。
現在は空前の「露天風呂付き客室ブーム」と言っていい。
ほとんどの旅館は改装の際に、客室露天風呂を造る計画を立てる。
それを今から30年も前に世に出したのだから、田島社長のセンスには恐れ入る。
この年は当時日本一の高層ビル、サンシャイン60が東京・池袋に完成、キャンディーズが解散、サザンオールスターズがデビュー、NHKで宮崎駿監督の「未来少年コナン」の放送開始、そしてプロ野球では江川卓のいわゆる「空白の一日」のあった年であった。

昭和55年(1980年)、さらなる勝負に打って出る。
創業時に建てた木造2階建ての建物(5部屋)を壊し、そこに新たに霧島から移築した瓦葺きの家屋を2軒移築し、それをつなげて4部屋造った。
それが現在の天降川沿いにある「そら」「くさ」「ひかり」「みず」の4部屋だ。
そして「そら」と「くさ」には客室露天風呂を造った。
この時点で「雅叙苑」は合計たった5部屋の宿ながら3室の露天風呂付き客室を持つことになった。
同時に現在、「囲炉裏小屋」「不忘舎」として使っている茅葺きの古民家を、瓦葺きの建物「そら」「くさ」「ひかり」「みず」の向かい側に移築した。
これはもともと馬小屋だったらしいが、囲炉裏もそのまま再現させたという。
また、もともと先代からあった天降川沿いの「混浴露天風呂」(現在は足湯)と「うたせラムネ湯」を浴場として使っていたが、新たに男女別の浴場を造った。それが「建(たける)湯」だ。

そして、この年、マスコミによる取材を初めて受けた。地元の新聞社だった。
ある記者が茅葺きの建物をテーマに取材先を探していたが、いっこうに見つからず、偶然通りかかったら、茅葺きの屋根が見えたので、アポイント無しで訪れたという。
それが旅館だったということを知って当時の記者は驚いて帰ったとの事。
しかし、それが記事になり、その後もマスコミに少しずつ取り上げられるようになった。
そして、従業員も何人か雇えるようになった。ようやく事業が軌道に乗り出したのもこの年だ。
ここで田島社長はマスコミの力を初めて知ることになる。
その後、日本テレビで当時、大橋巨泉司会の、深夜番組「イレブンPM」の中で、女性モデルが全裸に近い状態で露天風呂を紹介するコーナーが人気を博していた。
そこで「混浴露天風呂」が紹介された。これが「雅叙苑」が全国ネットのテレビに初めて登場した取材だったかもしれない。
世の中はいつの間にか「露天風呂ブーム」になっていた。
「雅叙苑」が、時代のトップランナーとして走り始めたのはこの頃からだ。
お客がみるみる増えてきた。たった5室では対応しきれないようになった。
そこで昭和59年(1984年)、さらに道路側の斜面に「べに」「もみじ」「さくら」「けやき」の4棟の茅葺きの離れを造った。
これも地元の古民家だが、傷みも激しかったので、使える柱などは利用したが、残りは新しく材料を使って完成させた。
こちらも、もちろん露天風呂付きの客室となる。これで全9室の構成となった。
この頃は、植村直己がマッキンリー山登頂成功(その後行方不明)、グリコ森永事件などがあった年である。

宿の公式ホームページへ昭和63年(1988年)、ついに10室目の客室を完成させる。
一番奥の道路側の傾斜地に建てたのは、露天風呂付き離れ特別室「椿」だった。
宿泊料金も5万円前後ということで、女将さん曰く「他の部屋がいつもいっぱいだから、あまりお客が入らない部屋があっても面白いかもね。」・・・ということだったが、実際は違った。これも予約が殺到したのだ。
当時はバブル経済の時代。お金が余っている風潮だった。しかしながら、現在でも「椿」の人気は高い。
多くの文化人、芸能人がこの部屋を選択し、リピーターとなった。
そして、この「椿」の完成により、「忘れの里 雅叙苑」の完成形を見ることになった。
昭和45年の創業以来、「オンリーワンの宿」がとりあえず、形となったのだ。

この「雅叙苑」の成功は、多くの旅館関係者に多大な影響を与えた。こぞって、この宿を視察に来た。
それは人気旅館の宿命。その宿に売れる要素があれば、いくらでも模倣し、いくらでも自分の宿に取り込む。
いつの間にか、日本中に「雅叙苑」もどきの離れ旅館が次々に誕生していった。

平成5年(1993年)、田島社長は、次なる一手を打ち出した。「次やるのは誰にもマネされないことをやってみよう。」
それが「天空の森」構想の出発点だ。そして「温泉」というキーワードの他に「リゾート」という考え方を取り入れた究極の「温泉リゾート」。そして次なる「オンリーワン」を作るべく、動き出したのだ。
この頃から「雅叙苑」は女将さんが主導、田島社長は「天空の森」にかかりきりとなる。

平成10年(1998年)、「雅叙苑」は外来入浴の営業をやめた。同時にチェックアウトの時間を12時。チェックインを12時とした。その時間差、なんと1時間!
これも時代の先取りなのか、お客様のニーズを汲み取っての決断に他ならない。
温泉旅館が苦手な人の理由は、朝食が早い、朝は電話でたたき起こされる・・・などというように、せっかくの休みなのに寝坊ができない。
チェックイン時は大歓迎、翌朝のチェックアウト時は追い出しされるような錯覚を感じてしまう。
よくある温泉旅館の朝のワンシーンでもある。
それではお客様はついてきてくれない。
宿の運営上、インが13時、アウトが12時など、大変に決まっている。
でもそれをやらないとお客様が納得してくれない。
ここまでこだわるからこそ「雅叙苑」の人気は衰えない。

宿の公式ホームページへ今、思えば田島社長の眼力、人を見る目が凄いと思ってしまう。
この女将さんなくしては、今の「雅叙苑」の成功、そして「天空の森」の具現化はあり得ない。
創業から地獄のような10年間があったからこそ、今の「雅叙苑」がある。
その結果、この宿には他にはない、言葉で言い表せないほどの魅力が満ち溢れている。

田島社長は、宿が軌道に乗る数年前から、「日本一の宿を作る」とあらゆる人に吹聴していたという。
明日のお金もままならない状態の宿の社長が言うべきことではないが、とにかく会う人ほとんどに公言していたという。
それが、実際に具現化し、現在の成功に辿り着いているわけだが、
実際に口に出すことにより、自分自身にプレッシャーをかけ、鼓舞していたのかもしれない。

それも女将さんの悦子さんがいればこそだ。
女将さんは、実務派の方。行動と実践の社長と女将さんの現実とトレンドを見極める目があったからこそ、ここまでの旅館を造り上げる事ができた。
まさにお互いは理想のパートナーと言えるだろう。

現在は田島夫婦の次女・山崎恵美子さん(昭和53年生まれ)も、若女将として、ご主人であり調理主任である山崎淳一さんといっしょに、この宿を支えている。
恵美子さんは、司法書士関係の短大(北海道・帯広)を出たあと、鹿児島に戻って東急ホテルで働いていたが、そこでご主人と出会ったらしい。
やはり、宿の子のDNAなのか、料理人である人をパートナーに選ぶという事は、自ら将来の「雅叙苑」を引き継いでいく事の意思表示の表れのようでもある。

「忘れの里 雅叙苑」は、鹿児島という場所にありながら、特に芸能人に支持されている宿としても有名だ。
ある人から言わせれば「いつかは雅叙苑・・・」といった、ある種、成功した人たちの宿、目標とする宿なのかもしれない。
最近宿泊した方をあげても、長渕剛、稲葉浩志(B'z)、木村拓哉、反町隆史、黒木瞳、みのもんた・・・(敬称略)など、枚挙に暇がない。
たまに、テレビで憧れの宿特集を組む際に登場する所以でもある。

この宿のノスタルジックな雰囲気は、年配者にとって懐かしく感じるし、若い人たちにとっては、異国の風情も感じ取るかもしれない。
いずれにせよ、非日常の空間がここにあり、ある人にとって、ここは単なる旅館ではなく、故郷に近い存在と思っているのかもしれない。
田島健夫さんと悦子さん夫婦による汗と涙の結晶といえば、安易に聞こえるかもしれないが、このお二人の力によって、私たちはこの奇跡的な宿に巡り会う事ができた事は確かだ。
この宿は、今さら料理がどうだ、客室がどうだ、温泉がどうだ・・・と評論すべきところではないような気がする。
これだけ、他の旅館、他の温泉地に影響を与えたのだから。
今や全国区の人気温泉地となった熊本の黒川温泉などその代表格だ。
黒川温泉は、温泉地全体を、1つの旅館とみなし、宿を客室とみせて、統一感を表現した。
それはひとつの小さな旅館「雅叙苑」そのものが、小さな村を表現し、茅葺きの離れが、それぞれの生活空間に見立ててアピールした事にインスパイアされたのだ。
そういった事を考慮すれば、「雅叙苑」は、まさに殿堂入りの宿なのだ。

この宿の本当の良さが分かるのは、やはり旅慣れた方になるだろう。
根底に流れる意思の強さ、アイデンティティ、そしてカリスマ性は、他では見られない。
さらに言えば、温泉旅館の潮流を作った点は、あの幕末における薩摩藩のようなエネルギーを感じるのは私だけであろうか。
現代に、坂本龍馬とおりょうが、タイムスリップして新婚旅行をするなら、この「忘れの里 雅叙苑」のような気がする。
というか、ここほどあのご両人に似合う宿はない。
是非、お二人で、日本初(世界初?)となる客室露天風呂に入っていただきたいものだ。(J)

貸切&客室露天風呂の画像はコチラ 施設&大浴場の画像はコチラ 客室の画像はコチラ 料理の画像はコチラ お土産&その他の画像はコチラ
画像その@ 画像その@ 画像その@ 画像その@ 画像その@
画像そのA 画像そのA 画像そのA 画像そのA 画像そのA
  画像そのB 画像そのB   画像そのB
この宿の公式HP

貸し切り情報
■貸切料金 宿泊の場合 無料
■利用時間 24時間  ※宿泊客の休前日(繁忙日)の貸切可
■予約方法 予約なし(先着順)

風呂施設情報
■貸切風呂 部屋付き:露天風呂・岩風呂、共同のお風呂(時間制):露天風呂・岩風呂
■貸切風呂の眺望 川・山
■その他のお風呂 混浴、男女別岩風呂

施設情報
■部屋数 全10室
和10室(バストイレ付き8室/トイレ付き2室)
■収容人数 30名 ■駐車場 10台
■ペット - ■バリアフリー -
エステ・マッサージ エステあり/ 清流エステ リンパドレナージュ(要予約)
・全身トリートメント:\5,500/60分
・フェイシャルトリートメント:\5,500/60分
■インターネット 全室有線LAN対応
■DVD -
■TVチャンネル NHK2局、民放4局
■施設 売店・囲炉裏・バー(土曜日のみ)

こだわり情報
■冷蔵庫のシステム スイッチ付き自動計算(持ち込みのドリンクを入れるスペースあり)
■冷凍室 利用可
■冷蔵庫のドリンク 大缶ビール:\600  ジュース(コーラ):\200
■オススメお土産 地鶏燻製、黒豚ベーコン ※宿のオリジナル
■自動販売機 なし ■携帯アンテナ docomo 3本
au 3本
ソフトバンク 圏外
■売店 あり
■近くのコンビニ 車で10分
■アメニティ 
浴衣 バスタオル タオル 置いてない 石鹸
ボディソープ シャンプー リンス 置いてない リンスinシャンプー
歯ブラシ シャワーキャップ ドライヤー ブラシ・くし
カミソリ 綿棒 置いてない ウォッシュトイレ    
…常備  有料で用意…有料で用意  一部常備…一部常備  置いてない…置いてない
その他の情報
■車イス -
■お子様 -
■外国語 -

近隣情報
■周辺観光スポット 和気神社・和気公園、犬飼の滝、霧島神宮・霧島連山
■レクリエーション
(観光農園、公園など)
みやまコンセール
■スポーツ -

■忘れの里 雅叙苑:女将 田島悦子さんからのコメント  
お客様には非日常の雰囲気の中で時をすごしていただけるように心がけております。 忘れの里 雅叙苑:女将 田島悦子さん

貸切日帰り情報
■料 金 -
■利用時間 -
食事付きプラン(要予約)
■料 金 - ■食事の内容 -
■設定日 - ■受付時間 -
■その他 -

泉質/効能
■泉質 @Aナトリウム・カルシウム・マグネシウム−炭酸水素塩泉(低張性 中性 温泉)(旧泉質名:含土類−重曹泉)
Bナトリウム−炭酸水素塩泉(旧泉質名:重曹泉)※推定
■源泉の温度 @54℃
A37℃
B不明
■湧出量 合計で約200リットル/分 ■水素イオン @Aの混合泉 pH6.6
B不明
■源泉の湧出状況 3本
(@ボーリングしての掘削(動力揚湯) A掘削自噴 B自然湧出 ※すべて自家源泉)
■加水/循環ろ過 すべてのお風呂は源泉100%かけ流し。ただし夏季は温度調節のため加水する場合あり。
■加温 なし
■消毒 なし
■浴槽の湯の入替 1日1回
■入浴剤 未使用
■適応症 慢性皮膚病、切り傷、やけどの他に一般的な適応症(神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進
■湯の色 無色透明
■飲用 保健所へ許可未申請 ■飲用の適応症 -
■におい/味 無臭/苦味・収斂味

アクセス情報 ※Googleマップを見る
■電 車 鹿児島市内から林田バス利用の場合、特急で約1時間10分。妙見温泉で下車。
■送 迎 なし
■クルマ ・鹿児島空港よりクルマで約15分。
・九州自動車道・溝辺インターよりクルマで約15分。
・鹿児島市内からは九州自動車道を経由し、クルマで約50分。

 上記のデータは 2010/06/15現在のものです。
この宿の公式ページへ