岐阜県、南飛騨にはある。江戸時代、徳川家康、秀忠、家光、家綱の四代の将軍に仕えた儒学者、林羅山(1583〜1657年)が、“天下の三名泉”と称した温泉のひとつがこの下呂温泉ということだ(他は、草津と有馬)。ただ、当時は下呂とは言わず、湯之島と称していた。下呂になったのは昭和に入ってから。ちなみに宿駅、下留(しもとまり)が“ゲル”になり、“ゲロ”に変化して下呂になったと言われてるそう。近くに上呂という土地もある。
また、開湯にまつわる白鷺伝説もある。太古より下呂には豊かな温泉が湧き出ていたが、ある日大地震が起こり、下呂のお湯がまったく出なくなった。村人たちが悲しんだ、そんなある日、一羽の白鷺が益田川の河原に降り立ち、毎日のように同じ場所にじっとしていたという。不思議に思った村人がそこを訪れると、温泉がこんこんと湧き出ていた。 そして、白鷺が飛び去ったあとには、一体の薬師如来像が鎮座していた。白鷺は、薬師如来像の化身だったという伝説。
そんな言い伝えがあったり、林羅山が評価するように、泉質、効能ともに霊験あらたかという点は間違いない。
現在の下呂温泉は益田川沿いに60軒前後の大型旅館が建ち並び、昔の面影は、もはやなくなった。しかしながら、河原の混浴露天風呂「噴泉池(ふんせんち)」や共同浴場「白鷺の湯」などが、かろうじて昔ながらの温泉場の雰囲気を残しているようだ。
そんな下呂温泉の街外れに「懐石宿 水鳳園」が佇む。小さな和風旅館だが、料理と落ち着いた客室が評判の人気宿となっている。
創業は昭和50年と、比較的新しい宿ではあるが、少人数の個人客を中心に、多くのリピーターに支えられている様子が窺える。
原点は現在の大女将が昭和36年に同じ温泉地にオープンしたパブだった。それが繁盛するにつれ、小さな旅館をスタートさせたのが「水鳳園」の始まり。現在でも、もちろん健在で「サウンド・イン・パブ チャボ」として、宿にお泊りの方の2次会利用で重宝がられている。
大幅増改築を行ったのは平成元年。そして、平成19年にはお隣にあった旅館を買い取り、新たに「別館・悠佳亭」(6室)を建て、現在では19室の規模までになった。
その増築に伴い、エントランスも様変わりし、駐車場から玄関までのアプローチ(渡り廊下)の途中には足湯も設置された。また、この宿のシンボル的存在でもある、送迎用のロンドンタクシーも、駐車場で次の出番を待っていた。
客室は本館13室、別館悠佳亭6室に分かれるが、そのうち9室が露天風呂(うち1室が半露天)付き客室となる。
別館・悠佳亭には露天風呂付き客室が2部屋ある。「悠久」は、10帖本間+ワイドダブルベッドルームの和洋室。腕もみも付いた最高級マッサージチェア、シャワールーム、庭園露天風呂付き。露天風呂は夜には湯舟に照明も点き、幻想的な気分に。同じく、別館・悠佳亭の「佳悦」は、10帖本間+3帖次の間の和室。堀ごたつ、シャワールーム、庭園露天風呂付き。
本館には7室の露天風呂付き客室がある。
まずは、客室「宵待草」。こちらは半露天風呂となっていて、12.5帖本間+13.5uツインベッドルームの和洋室。お風呂からは合掌村の萱葺きの屋根が見える。
合掌村とは、飛騨、下呂の郷土文化に身近に触れることのできる施設で、陶器の絵付けや和紙作り体験もできるコーナーもある。
「水仙」は、12.5帖+6帖の和室。恵那産の錆石の湯舟の露天風呂、坪庭、マッサージチェア付き。
「姫百合」は、10帖和室。御影石の湯舟を檜で囲んだ露天風呂、坪庭付き。
「夕菅(ゆうすげ)」も、10帖和室。恵那産の錆石の浴槽を檜で覆い、黒御影石の縁石で囲った湯舟の露天風呂、坪庭。
露天風呂の付いていない一般客室も同じく、清潔感溢れる落ち着いたつくりとなっていた。
男女別大浴場は「美人の湯」と「夢の湯」。そして屋上には眺望抜群の展望露天風呂「姫の湯」「殿の湯」がある。いずれも下呂温泉の名湯、アルカリ性単純温泉のお湯を充分に堪能できるはず。
特に展望露天風呂は、下呂の街並みを一望できる、野趣満点のお風呂だ。
ここで、この宿の一番のうりである料理についてレポートしよう。取材時(2007年11月下旬)のメニューはこれだ。夕食、朝食とも食事処か部屋食か宿泊する客室によって違う。ちなみに本館は基本的に部屋食で、人数多数の場合は個室広間での提供となり、別館・悠佳亭の一般客室は食事処となる(※別館・悠佳亭の「悠久」、「佳悦」は部屋食か食事処か選択可)。
現在の料理長は、大女将の弟さんである山崎巌さん。その腕は、「懐石宿」の看板どおりのものであった。上品かつ味わい深い献立が並んだ。それは、先代社長でもあり料理長でもあった上村義久氏から受け継がれたもの。義久氏は、永年の功績が認められ、平成元年に内閣総理大臣・竹下登の名前で藍綬褒章を授与された。
前酒は、梅酒。先付は、香茸(地元で採れる黒い茸)旨煮、菊菜、白子(ふぐ)豆腐掛けに、菊花を添えて。
八寸は、蟹の天ぷら、疑製豆腐(豆腐を他のものに見せたもので今回のは魚のすり身に見せている)、ふぐ干物、あさり松茸煮、ミニ大根味噌葵、烏賊ドレッシング和え、鴨くんせい、海老塩ゆで、またたび串うちが並ぶ。
吸物は、松茸どびん蒸し。銀杏、鯛、地鶏、三ツ葉にすだちを添えて。
御造りは、本マグロ角切り、鯛平造り、烏賊、サーモンに、海そうめん(のサラダ)とラレッシュ(ラディッシュ)、つるむらさき、ばくだい、みょうが輪切りもいっしょに並ぶ。
焼物は、かます塩焼きと、地こんにゃく、下呂椎茸を、荏胡麻たれ(しょうが)でいただく。他に、からし茄子、五三竹(ひめ竹)の煮物もいただいた。
蒸物は、常養饅頭柚子あんかけで、生地は里芋で作り、煮沢庵が入っている。
温物は、飛騨牛ロース焼肉、ひじり茸、ペコロス(玉ねぎ)、アスパラ、ヤングコーン・・・を塩ダレかポン酢でいただく。もろみも付いた。肉は溶岩板で焼く。
揚物は、海老博多揚げ、伏見唐からし、丸十(さつまいも)・・・を塩でいただく。塩はミネラル分の多いヨーロッパ、アルペンザルツの岩塩を使用。
博多揚げとは、博多帯から由来し、パンに挟んだ揚物で、揚げたものの切り口が四角く、博多帯の模様に似ていることからとの事。
酢の物は、蟹絹田巻き(大根で巻く)、岩茸、タピオカこんにゃく、きゅうり・・・を黄味酢でいただく。アンゼリカがのっていた。
御飯は、全国米鑑定コンクールで金賞を受賞した米、下呂特産の「龍の瞳」を使っている。通常のコシヒカリの約1.5倍の大きさの米粒は、まさに美味しさが凝縮されていた。粘り、香り、弾力が通常の米と圧倒的に違い、甘みのある極上のお米だった。コシヒカリとは別の次元で美味しいと感じてしまった。別の言い方をすれば興奮も覚えた食感であった。
止椀は、糀味噌仕立で、笹がき牛蒡、なめこ 洗い葱が入ったもの。珍味として、かちり(ちりめんじゃこ)山椒煮。香の物は、自家製切漬けで赤蕪、はくさい、きゅうりが出た。
水菓子は、胡麻葉の上に黒胡麻アイスがのせてあり、ざくろのシロップ漬け、芋けんぴ、ドライマンゴーが添えられていた。
朝食も美味しかった。高麗人参、松の実入りの朴葉味噌、手作り豆腐、あまご(ヤマメ)の開きなどの他に、自家製きのこしぐれ、里芋の荏胡麻煮、金沢産のもずく、おこぎの胡麻和えが並ぶ。ご飯は芋粥か、白ご飯(銘柄:ハツシモ)を選択できる。
飲物は、飛騨産のトマトジュースか、オレンジジュースも選択できる。しかし、ここはやはりトマトジュースをいただくべし。デザートは、九州の赤肉メロン、オレンジ、キウイが出された。
こんな魅力あふれるお宿なのだから、TVなど取材も多い。
例えば近年でも、俳優の滝田栄、タレントの恵俊彰、コロッケ、ふじいあきら、羽田恵理香、漫才師の宮川大助花子、グラビアアイドルの熊田曜子、秋山莉奈(オシリーナ)が訪れている。
また、ベテラン俳優の佐藤慶、マラソンのQちゃんこと高橋尚子も、この宿を利用しているとの事。
ロビーはインターネットの無線LANが使える。フリースポットのエリアなのだ。また、PCコーナーもあった。
ロビー横にある、おみやげ処では下呂及び飛騨のお土産がほとんど手に入る。特に人気なのは、お菓子ではやはり、この宿オリジナルの「水鳳」。
そして、下呂のブランド米「龍の瞳」だ。「お米のコンクール」と言われる2006年全国米検定コンクールで金賞を受賞。なんと1,782点のお米の中から選ばれた!米粒の大きさは通常のコシヒカリの1.4倍。大粒で甘く、粘りも強く、もちもちした食感が楽しめる。プランにより、夕食でこのお米をいただく事もできる。その味に魅せられたお客様の要望で、お土産として販売され大好評との事。
トマトジュースも売れている。食塩無添加の飛騨産の純粋なトマトジュースは朝食でいただいたものと同じ。
「水鳳園」は、小さいながらも、魅力満載の宿だ。現社長(2代目)の上村義和氏は言う。「下呂で何でもいいから一番になりたい」「スタッフが誇りに思えるような宿になりたい」「料理を頑張り、お米にこだわる、美味しいご飯がいただけると評判の宿になりたい」・・・と語ってくれた。
下呂温泉に多く建ち並ぶ大型高層旅館を好む方なら、この宿の良さはあまり分からないかもしれないが、時代は確実に「水鳳園」に追い風となっている。小さいだけでなく、大人の隠れ宿的な雰囲気のある艶っぽさもあるからだ。
実際、食事も、客室も想像以上に満足できた。こんな宿を知っていると誰かに教えたくなる。今、社長の思いは確実に目標に近づいているようだ。
奥さんである若女将さん(利恵さん)も、社長を支えながら、スタッフにも目を配らせ、お客様が喜ぶような居心地の良さを作り上げている。
女将さんも健在だ。ロビーで常にお客様を迎える体勢はお年を感じさせないほど若々しい。
この宿には「おもてなしの心」が宿っている。そんな感想を胸に抱いてこの宿を後にした。
下呂で美味しいご飯を食べさせてくれる旅館はどこ?と聞かれたら、真っ先に「水鳳園」を思い出すだろう。(J)