米沢市は、福島県西部(会津地方など)と接する山形県の最南端にあり、人口およそ9万人。山形県内陸部南部の置賜(おきたま)地方の中心都市だ。
山形県の「母なる川」と称される最上川の源、吾妻連峰の裾野の米沢盆地を中心に広がっている。
市の最高地点は西吾妻山で、標高2,035m。
市街地は標高260mほどで、盆地特有の気候である。東北地方にありながら、夏は真夏日となることが多い。
冬の寒さは厳しく、特別豪雪地帯に指定されている。街の中心地でも、最高積雪深が1mに達するほどである。
市域の南側に広がる吾妻連峰は、その大部分が磐梯朝日国立公園に指定されており、四季折々の雄大な景観が楽しめる。
吾妻の山々には、白布、姥湯、大平、滑川、新高湯、五色、湯の沢、そして小野川と、豊富な温泉群がある。夏山の登山や冬のスキーなども楽しめる自然の恵みは豊かな土地だ。
その吾妻山麓の数ある温泉群の中でも、米沢の市街地から車で20分ほどの小野川温泉は、昔から“米沢の奥座敷”と呼ばれてきた人気の温泉地。
15軒ほどの宿が肩を寄せ合うように、小さな温泉街を形成している。
“名湯”として知られ、観光客以外にも地元周辺の湯治客も少なくないという。
緑豊かな山々と自然に囲まれ、夏には無数のホタルが飛び交う、ホタルの里でもある。
7月には「小野川温泉ほたるまつり」も開かれ、様々なイベントで賑わいを見せる。
最上川の源流の一つである鬼面川(おものがわ)では、ヤマメや岩魚などの清流釣りもでき、温泉だけでない自然との語らいがある。
そんな自然たっぷりの地でありながら、意外にも米沢は首都圏からのアクセスがいい。
「山形新幹線」がおよそ1時間に1本運行されており、東京駅〜米沢駅間の所要時間は乗り換えなしで約2時間10分と非常に便利。
クルマを利用であれば、埼玉県川口市から東北自動車道に乗り、4時間ほど(約300km)だ。
観光だけでなく、ビジネスでの中継地点としても、米沢の需要は増えている。
小野川温泉の名前の由来は、平安時代の歌人で、美人の象徴にも挙げられる、あの小野小町(おののこまち)。
今から1200年ほど前、小野小町が父を探しに、京からみちのく(東北)へ旅に出る。
その道中病に倒れたが、夢枕に現れた薬師様が告げた霊泉が、この小野川温泉だったと伝えられている。
また、小野川温泉は、“独眼竜”伊達政宗ゆかりの湯というのもよく知られたところ。
伊達政宗といえば、宮城県の仙台を想起させるが、もともと伊達家は山形県の米沢を拠点として活躍していた武家であった。
1567年、米沢城主・伊達輝宗の長男として生まれた政宗は、25歳まで米沢を居城とし、(現在の県北部の)最上氏と勢力を争い続けていた。
この頃、戦いで足を負傷した際に、小野川の湯で治療したと言い伝えられている。
しかし、1591年に豊臣秀吉によって岩出山(宮城県)に移封され、伊達氏の米沢統治時代は終わる。その後はご存知のように、東北の雄として徳川幕府にも常に一目置かれる存在となり、現在の仙台の繁栄の礎を築いた。
伊達氏の変わりに米沢の地を任されたのは、蒲生氏郷(がもううじさと)。
信長そして秀吉の家臣となった氏郷は、その有能ぶりを買われ会津の地を任され、同時に米沢も統治した。氏郷は江戸時代の会津繁栄の基礎を作った。
しかし、その後病に倒れ、会津の地を任されたのが上杉景勝だった。
もともと上杉氏は、越後の武将。
藤原高藤の流れを汲む源氏の本流として、鎌倉時代からの名家であった上杉家は、室町幕府で関東管領として幕府の要職にあった。
しかし、戦国時代の後期、幕府の衰退とともに上杉家も没落し、勢力を落として行く。そして、越後の長尾家に上杉家の名跡も譲ることとなった。
それが、上杉謙信(長尾景虎)である。戦国の世において、生涯ほとんど負けることのなかった“戦の天才”。22歳の若さで越後統一を果たした名将だが、天下を取る気などさらさらなく、室町幕府の再興を願う無欲の武将だったという。
1578年(天正6年)、謙信の死後、家督を相続したのは、実姉の子であった上杉景勝。
1598年(慶長3年)、景勝は豊臣秀吉に戦功を評価され、越後から、会津120万石に加増移封されるという出世を果たす。これは伊達政宗を牽制する意味合いもあった模様。
そして米沢には、2009年NHK大河ドラマ「天地人」の主人公である、上杉の重臣・直江兼続(なおえかねつぐ)が配された。
秀吉の死後、景勝は豊臣家五大老の一人として豊臣政権を支えた。しかし、関ヶ原の戦い(1600年)で西軍に組みしたため、徳川幕府が開かれると、会津、佐渡島などの領地を取り上げられ、米沢30万石に減封・移封される。
これが、米沢での上杉氏の始まりだ。
歴代の藩主では、上杉鷹山(ようざん・1751-1822年)がよく知られているところだろう。
財政が逼迫していた時代に、17歳で藩主となった鷹山は、武士といえども刀を鍬に替えて、国を養わなければならないと、行政改革に着手。
藩政の安定に大きな貢献を果たした。
「なせば成る なさねば成らぬ何事も 成らぬは人のなさぬなりけり」という和歌は有名だ。
その後、1876年(明治19年)に置賜県(県庁所在地は米沢)が山形県に合併されるまで、270年に及ぶ上杉家の治世は続き、城下町としての歴史や伝統は、今に受け継がれている。
前述のように、2009年のNHK大河ドラマ「天地人」では、上杉景勝の重臣、直江兼続がスポットを浴びた。
ドラマは、妻夫木聡、北村一輝、常盤貴子、小栗旬など、若手から中堅の実力派俳優をキャスティングし、高視聴率を獲得した。
兼続は、上杉景勝の家臣でありながら、豊臣秀吉らを魅了し、徳川家康に最も恐れられた男とし描かれた。
兜に「愛」の文字を掲げ、その波乱に富んだ生涯を通じて、義の精神、そして故郷への愛を貫いた。
主君・景勝に忠義を尽くし、関ヶ原の戦いで負けた西軍陣営だったため、大きく出世することもなかったが、その地に足の着いた生き様が、戦国時代に特異な存在感を放った。
利益追求に邁進し、「品格」を失いつつある現代日本に警鐘を鳴らした、新たな形の大河ドラマであった。
米沢市・小野川も兼続の人生終盤の舞台として登場し、温泉地の人気に拍車をかけたという。

そのような歴史が刻み込まれている小野川温泉は、豊かな自然と良質な泉質に注目が集まり、ここ数年人気が上がっている温泉地。
その地で、リーダー的な存在の宿が「小野川温泉 河鹿荘」なのだ。
まず、鬼面川(おものがわ)の渓流を身近に感じる自然豊かなロケーションが素晴らしい。
およそ2,000坪の敷地内には、その川とつながる大きな池が広がっている。
その池は、夏の気温上昇を和らげ、冬は雪を溶かす効果があるという。
建物は、木造建築の温かみのある雰囲気。
客室は本館にあたる「逍遥館」、池に面した「美風館」、そして一番新しい「雄飛館」・・・の3つの棟が廊下で結ばれている。
最上階も「雄飛館」が3階建て、その他は2階建ての落ち着いた造り。
だからだろうか、客室数は25ながら「面」が広がり、数字以上に開放感を覚える。
館内に足を踏み入れると、そこには「愛」の大きな文字が出迎える。もちろん、直江兼続の兜をモチーフにしているものだ。
ロビーは、間接照明の落ち着いた雰囲気が漂っている。フロントの正面にはカフェラウンジがあり、チェックイン後、この地の名産の「玉こんにゃく」をいただく。
館内のパブリック施設は、土産処、貸切風呂、大浴場、食事処、エステサロンという構成。
大浴場は、露天風呂付きの「せせらぎ」と、内風呂のみとなる「あさみどり」の2種類。1日に2回、女湯と男湯が入れ替わりになる。
「せせらぎ」の大浴場は、古代ローマ風呂を彷彿とさせる円形の湯舟が特徴的。水色の細かいタイルをあしらった造りもレトロでいい。
併設した露天風呂は開放感に溢れ、屋根が付いているので、雨や雪が降っても湯浴みができる。
大浴場「あさみどり」は内風呂のみ。しかし、高い天井や一面の窓ガラスで、開放的な浴場空間は広がっている。
全ての湯舟が、源泉100%かけ流しで、極上の湯をそのまま味わえるのが素晴らしい。
チェックインからチェックアウトまで、オールタイム利用できるのもいい(清掃時間を除く)。
もともと、小野川温泉にあった源泉は、源泉温度が80℃を超えるため、井戸水で加水して温度調節をしていた宿がほとんどだった。
このことが小野川温泉の源泉が持つ力を、半減させていたとする評論家もいた。
それでも、「良質な温泉」と古くから評価されていた。
実際、2003年(平成15年)3月に放送されたNHK「ためしてガッテン」でも、加水していた時代だったが小野川温泉の美肌効果を取り上げていた。
2007年(平成19年)8月には、待望の新しい源泉(35℃)の掘削に成功する。
これにより、高温と低温の2本の源泉をブレンドすることで、100%かけ流しにすることができるようになったのだ。
水を加えても相当な温泉力があったのだから、それが100%になったわけで、よりいっそう療養効果が期待できる温泉になったのは間違いない。
泉質は、「含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物泉」。
無色透明で一見特徴はないが、微かに硫黄臭がする。空気に触れると湯の花が出て、湯舟に沈殿することもあるという。
pH6.9〜7.5の中性なので、刺激は少なく、肌の弱い方でも問題なく湯浴みできる。
温泉1kg中の溶存物質は、5,768mg。
「鉱泉分析法指針」によれば、1,000mgあれば療養泉と認められるところ、その基準値の5倍以上の濃さがあるのだ。
旧泉質名は、「含塩化土類-食塩硫化水素泉」。
塩分が皮膚に付着し、発汗を抑え、それにより保温効果をもたらし、湯冷めしにくいことから「熱の湯」とも称される。
消毒・殺菌作用もあるので、切り傷・やけどや、水虫などの慢性皮膚病にもいい。
また、硫黄を含んだ湯なので、美肌効果、美白効果も非常に高い。
その上、“美肌の湯”の条件に挙げられるナトリウムイオンやカルシウムイオンが豊富に含まれている。
大量に含まれるメタケイ酸(241mg)も、コラーゲンの生成を助け、肌をツルツルにする作用を持つカルシウムイオンとの相乗効果で、肌のセラミド(細胞間脂質)を整えてくれる。
様々なデータからも、小野小町ゆかりの温泉らしい、“美人の湯”ということがお分かりだろう。
このように、温泉分析書を調べると、非常に優秀な温泉だということは充分に分かるが、それ以外にも計り知れない力を持つ湯だということが実証されている。
例えば、生活習慣病や老化の主原因といわれる活性酸素を取り除いてくれる、「マイナスイオン」の量が国内でも屈指だという。
自然界にあって、滝壺周辺が特に「マイナスイオン」が多いと言われているが、そこでの数は2〜3万/ccぐらいのもの。
しかし小野川温泉の源泉を計ると、140〜160万/cc以上(!)という、とてつもない数字を叩き出したのだ。
現在のところ、このように大量の「マイナスイオン」が含まれている源泉は、国内では、小野川温泉を入れて3ヵ所しかないと言われている。
また、放射線を発するラジウムも含み、微弱な放射線は神経痛に効果を発揮する。
これは「ホルミシス効果」と呼ばれ、「少量の放射能を浴びる、または吸入することは、身体の抵抗力を増してプラス効果をもたらす」というもの。
放射能泉に定期的に浸かっていると、ガンの発生率を低くするというデータもある。
さらにもうひとつ、万病の元ともいわれる「活性酸素」に電子を与え、還元・除去するという効果があるのだという。
例えば、肉や野菜などの食べ物は、「酸化」すると著しくまずくなってしまう。同様に、人間のからだも乳酸が増え「酸化」すると疲れやすく、老い易くなってくる。
小野川温泉の源泉を調べると、この「酸化還元電位(ORP)」の値が、マイナス290ミリボルトとなっており、体の「酸化」をくい止めるのだという。
こういった様々な科学的根拠から、小野川温泉が、「若返りの湯」、「医者もすすめる湯」と評価されていることは、ある意味当然なのだ。
入浴だけでなく、飲泉の効果も期待できる。
胃の粘膜の血液量が増え、糖尿病、痛風、慢性消化器病、便秘、リウマチ性疾患などに効果があるという。
一日にコップ一杯程度を1〜2回、空腹時にゆっくりと飲むのをお奨めする。
ただし、強い塩分が含まれているので、小学生未満の子どもは飲用を避けた方がいいとのこと。
環境省による「温泉法」の改定により、浴場湯口での飲泉は一応禁止されているので、温泉街の飲泉所などを利用するといいだろう。
湯浴みして良し、飲んで良しの小野川温泉をじっくりと体感していただきたい。