この宿のオーナーは荒井和夫さん(昭和4年生まれ)。
ご高齢ながら、今でも精力的に宿造りを推進している。
荒井社長は、ここ会津の生まれではなく、千葉県の出身。
そこでは、物心ついた時には行商を始め、それが発展して昭和37年頃には姉ヶ崎でスーパーの経営に乗り出すようになったという。
それから、子供が独立していくと、荒井社長は奥様を連れて、全国の温泉宿を周るのが趣味となっていた。
月の半分以上、旅行をしていた時もあったという。
そんな中、自分も齢を重ね、足腰も若い時のように疲れ知らずで動き回ることができなくなった時、温泉宿の選択の幅が一段と狭まることに気が付いた。
さらに、奥様が心臓の病で倒れた時、付きっきりで看病して、病気平癒のお祝いに行こうとした宿がいかに少ないのかと思い知らされた。
その頃から、自分なりの「理想の湯宿」を思い浮かべるようになったのだという。
しかし、奥様と全国くまなく周ってみて、それがなかなか見つからなかった。
思い悩んだ末、荒井社長65歳の頃、温泉旅館経営に乗り出すことを決意する。
そして、ここ福島県、磐梯山のふもと、猪苗代湖の近くに土地があることを業者から聞く。
現地に行ってみると、そこは温泉場ではなく、言ってみれば山林を切り開いた土地だった。
しかし、周辺に民家もなく、まさに自然がそのまま残っている印象を受ける。
荒井社長が、この土地を最終的に購入することを決めたのは、やはり源泉の量。
地下1000mから汲み上げる温泉は、毎分400リットルを超えることを聞いたからだ。
そして、平成9年(1997年)、千葉の事業を閉めて、67歳で旅館経営に乗り出すことになった。
源泉の量にこだわったのは、やはり全国の温泉宿をめぐった結果。
「循環風呂を造るくらいなら温泉旅館はやらない」と荒井社長。
いくら見た目が大きく豪華に見せた露天風呂があっても、それが塩素消毒した、お湯を繰り返し使う循環風呂だったら意味がない、魅力がないと思ったからだ。
そして、不特定多数のお客が入る大浴場も好きではなかった。
マナーを守る人がいても、かけ湯を簡単に済ませ湯舟に入る人が多いのも嫌だった。
見知らぬ他人同士が、目をつむって同じ湯舟に入るのも違和感を感じていたのだ。
荒井社長は、「全室に源泉かけ流しの湯舟をつくる」ことが、まず旅館を経営するにあたっての最低条件だった。
そして、もうひとつの柱は、「バリアフリーの宿をつくる」ということ。
荒井社長が、まだ若い時に旅館経営に乗り出したら、今の「静楓亭」とは違った宿ができたかもしれない。
「脳梗塞になった人が行ける宿が少ない」「足腰が弱ってきたら旅行を諦める」など、荒井社長自身が感じてきたからこそ、「本格的な高齢者向け、足腰の不自由な方向けの宿をつくろう」と決意したのだ。
建物は平屋建てだが、通路で唯一の段差である、わずか8段の階段もリフトを使うことで対応している。
車椅子の方だけでなく付き添いの方も含め、滞在中はお客の負担をできる限り軽減したいという宿の配慮が垣間見られる。
「静楓亭」は、料金的に見て“高級旅館”のカテゴリーに入るのは間違いない。
しかし、それは巨大な客室露天風呂、バリアフリーを徹底した設計、部屋食にこだわるため間取りも広く取る・・・など、コンセプト重視で設計してみたら、3800坪の敷地面積がありながら、全室11室でしかも平屋建ての建物になってしまった。
そこで、割りだした宿泊料金が現在のようになったのだと推測する。
全国にある、いわゆる“高級旅館”は、部屋の家具や調度品まで“凝った”ものが多いが、この宿にはあまりそういったものは見つけることはできない。
例えば、部屋の入口の引き戸は、サッシ戸を使っている。軽く開け閉めできるのがメリットだが、ある人が見れば味気なく映るはずだ。これが一般的な“高級旅館”なら、木の引き戸を使っている場合が多い。
客室も使い勝手を重視している設計で、ブランド家具なども置いていない。少し艶っぽさは欠けているようにも見える。
つまり「静楓亭」には、エモーショナルな感動を与えるのではなく、あくまでも実用主義を全面に押し出している。
「見せかけ」でなく「中身」を重視していると言い換えてもいいだろう。
一般的な常識からすれば、または“高級旅館”と考えれば、バランスが悪いような印象も受ける。
ところが、「静楓亭」の空間に慣れてくると、これが今までなかった新鮮な心地よさに変わってくるのだ。
こんなエピソードもある。
某有名予約サイトが、客室提供を申し出てきた時、荒井社長は断ったという。
一般的な宿は、こんなことはしない。
簡単な記事や写真と料金の表示だけで自分の宿を選んでほしくない。
充分に「静楓亭」のコンセプトを理解したうえで、予約をしてほしいと考えているからだ。
「売り上げ重視、利益重視で考えるなら、こんな宿は造らない。あくまでも自分の理想の宿をやりたい。」という気持ちが、荒井社長のポリシーなのだ。
旅行代理店に依存している宿は、自分自身で集客することを諦めているところだとの認識も、荒井社長は持っている。あくまでも、語弊があるかもしれないが、頑固者であり、こだわりの人なのである。
それが理由か、この宿にはリピーター客が圧倒的に多い。
もう一度、この宿に来るというのは、コンセプトを充分に理解しているからこそ。
荒井社長の理想の宿造りに賛同してくれたということなのだ。
オープン当初は、その大きな客室露天風呂が大きくフィーチャーされて、いわゆる“お忍び”、“不倫カップル”のお客が多かったそうだ。
現在では、やはり多いのは中高年のご夫婦。定年退職されての旅行のほか、別荘代わりに頻繁に訪れるゲストは多い。
しかも福島県にありながら、首都圏からのお客が多いのもこの宿の特徴。
東京から280km前後の距離ながら、クルマで高速道路を使えば、意外に近い。
新幹線なら、郡山駅まで1時間20分。郡山駅から乗り換えで、普通列車で40分。鉄道に乗っている時間は、トータルで2時間ほど。
最近の傾向として、年老いた両親を連れて息子、または娘夫婦で訪れる、ニ世代、あるいは三世代の宿泊客が増えたという。
これは、やはりこの宿の考え方が浸透し始めている証拠でもあるだろう。
「静楓亭」は、仲居さんが目立つ宿ではない。
可能な限り、お客のプライバシーを大事にしようとの荒井社長の配慮によるもの。
これは社長の奥様であり、この宿の女将さんである初江さんの意見も入っている。
ご夫婦で数知れず旅行したからこその考え方なのだ。
「静楓亭」の客室は、和室が二間あり、ひとつはあらかじめ布団が敷いてある(部屋によってはベッドの利用も可能)。
これは、食事の時にホコリを立てたくない、そしてスタッフの部屋への出入りを極力抑えたいという配慮によるもの。
前述のように、リピーター客が多い一番の理由は、やはり客室露天風呂だろう。
この宿の名称は「露天風呂の宿 静楓亭」。
一般に「露天風呂の宿」と言えば、一般的には男女別大浴場に付属する露天風呂が名物という意味に取れる。
しかし、この宿の場合は、それが11室の客室にそれぞれ付いているので、正しくは「客室露天風呂の宿」と言うのかもしれない。
客室露天風呂に面している庭は、荒井社長自ら手入れしているが、四季折々の風景が広がっている。
秋には真っ赤なモミジが鮮やかで、12月〜2月の冬の時期には、一面雪景色となる。若いご夫婦の記念日旅行に人気のシーズンでもある。そして、春から夏にかけては新緑が眩しい。
大事なパートナーと、この大きな露天風呂を独占できることの贅沢は、なかなか他では味わえないはずだ。
そして、道路も民家も見えない環境は、静寂の中の露天風呂を演出してくれる。
この宿は、つくづく罪作りの宿と思う。
老舗の高級旅館を、渡り歩いている人には、この宿はある意味“異端”なのだから。
いくら良質の源泉かけ流しで、雰囲気もよく、そして眺望が優れている客室露天風呂があっても、この“メガ客室露天”を体験してしまったら、どうなるか。
「静楓亭」に泊まった後、他の温泉宿の客室露天風呂を利用すれば、さらにこの宿の露天風呂の“強さ”を再認識させられるからだ。
では、なぜ高齢化社会と言われる現代のニッポンで、こういう宿が今までなかったか?
答えはカンタン。採算が合わないから。
この宿の「毎分400リットルの自家源泉」といえば、客室数100室、収容人数400名の温泉宿を経営できる規模なのだ。源泉かけ流しにこだわらず循環風呂にすれば、その倍以上の規模にもできる。
ところがこの宿は、たった11室、最大収容人数66名規模の平屋建てという。
これは商売の法則からすれば、非常識なのだ。
これだけでも、「静楓亭」の宿泊料金がいかに“安い”か、ご理解いただきたい。
この宿は、周辺に温泉旅館のない、いわゆる一軒宿。
今までの常識から外れた考え方で造られているので、有名温泉地での開業は不可能だったのかもしれない。
もしくは、その温泉地の“色”にも影響されるかもしれなかった。
だからこそ、荒井社長にとって“真っ白な土地”が必要だった。
そして、この土地に「理想の宿」を具現化するスペックが揃っていると思ったからこそ、この宿を造りあげることに成功した。
“オンリーワン的”な宿になったのは、荒井社長とこの土地の出会いであり、それは“奇跡”と呼んでいい。
その“奇跡”の宿をぜひ体感していただきたい。
「商売にならなくても、人のためになるような仕事をしたい」
荒井社長から印象的な言葉をもらった。(J)