別府温泉郷は、訪れるたびにその奥の深さを見せ付ける。
8つに数えられる温泉エリアは、それぞれ違う温泉の特徴をみせ、世界的にも類を見ない一大温泉地を形成している。
湯量ももちろん日本一で、世界的にみても、人が入れる温泉の中では、ここでも世界一の栄冠を手にする。
その豊富な温泉量を背景に、少し前の時代、無計画な大型温泉ホテル、旅館の乱立が始まった。
いわゆる、団体旅行華やかなりし頃の話だ。
その時代も終焉を告げ、大型ホテルは経営破綻し、近隣の人気温泉地、由布院に見られる個人旅行客が主流となる時代がきた。
しかし、由布院が全国区の人気を博した数年前、別府の旅館の一部はその模倣から始まった。
ところが、周辺の環境は、由布院のような牧歌的な長閑な風景は、別府にはない。
都市部にあるため、住宅と商店やビルが建ち並ぶ、どこにでもある環境なのである。
これでは、都会人が主流の温泉旅行客は見向きもしない。
そこで、別府の宿は気付いた。
由布院の真似ではなく、別府には、由布院がいくつあっても敵わないポテンシャルを持っていた事に気付いたのだ。
それは、「温泉」であった。
質と量を兼ね備えた、まさに「キング・オブ・オンセン」の温泉だったのだ。
今までは、「別府地獄巡り」だけが有名だったが、地域の住民によるガイドウオーク「別府八湯(べっぷはっとう)ウオーク」、温泉を極める「別府八湯温泉道」、「路地裏のB級グルメ」など、新しい楽しみ方が出来るように提案するようになったのだ。
もともと、日本人は温泉好き。
しかもランキング好きな人種でもある。
日本一、世界一の称号を持つ温泉地・別府を、素通りするはずがなかったのだ。
結果、現在では、毎年1,000万人を超える訪問者がある一大温泉地としての地位を、完全に築き、新たな別府の黄金期を迎えようとしている。
しかしながら、旅館経営の面からすれば、前述のように、別府は自然溢れる環境ではない。
都会人には、あまり風情を感じさせない宿やホテルが多かった。
ところが、最近、由布院の個人旅行客が、別府に流れてきていると思わせる魅力的な小規模旅館が、いくつか誕生し、人気を獲得していった。
この「旅館 和み月」もそのひとつ。
全12室で、しかも自家源泉をかけ流ししている客室風呂があり、その部屋もアジアンテイストを醸し出したお洒落な雰囲気で構成され、いわゆる二人客が主流の「お篭り宿」として注目されている。
しかしながら、この宿は、女性グループやファミリー客にも支持されている。
その要因は、やはりそのコストパフォーマンスの優れている点だろう。
循環ろ過をしない、本物の源泉かけ流しの客室半露天風呂を全室備え、海の幸・山の幸をふんだんに使った豪華な会席料理が付き、心地よくデザインされた客室が用意されて、1万円プラス数千円で泊まれるという驚きの低価格に驚かされる。
特に首都圏、関西圏に住み、温泉旅行をよくする方たちにとっても、驚愕の料金であることに間違いないだろう。
その料金体制を維持しているのは、その人気に裏打ちされた、客室稼働率の高さによる。
平日でも満室が多いこの宿では、休む暇なくスタッフが働く。
自然とスタッフも多くのお客さんに接することにより、レベルも上っていく。
多くのお客さんに接する機会が増えれば、感謝され、感動をいただく場面も少なからずあるだろう。
サービス業のスタッフは、それら人からいただく、感謝や感動を「心の栄養」として自分に取り入れる。
すると、宿で働く意義とやりがいをそこに見出し、さらに多くのお客さんに喜んでいただこうと努力する。
この、好循環といえるサイクルが、この宿のスタッフに埋め込まれているような気がする。
繁盛旅館のスタッフが、総じて質が高いと言われるのは、実はこういった背景があるということ。
休前日しか、お客が入らない宿は、週末だけパートのアルバイトスタッフに、頼ろうとする。
慣れないスタッフは、お客の不満に気付かず、それがクレームの元となってしまう場合が多いのだ。

「旅館 和み月」の経営者は、実はこの宿だけでなく、複数の宿を運営している。
最初に立ち上げたのは、熊本県の黒川温泉近くの小田(おた)温泉にある「離れの旅館 花心」(2004年創業)。
次に同じく熊本県・山川温泉に「旅館 四つ葉」(2005年)。
そして、2008年に、ここ別府・亀川に「旅館 和み月」。
2009年には、由布院に「由布岳一望の宿 美星(きらら)」を誕生させた。
2011年には、同じ由布院にさらに新しい宿を準備中との事らしい。
今ある、この4つの温泉宿の共通している点は、その規模の小ささ。
客室数もそれぞれ、10室(花心)、10室(四つ葉)、12室(和み月)、9室(美星)・・・となっており、満室の場合でも、スタッフが、充分目が届く範囲と考えた上での構成とも言える。
そして、もうひとつは、客室に温泉を引いたお風呂(露天風呂、半露天風呂、内風呂)を備えたということ。
これにより、個人旅行客の主流である、夫婦やカップル客が、注目し、予約をするのは当たり前の流れとなった。
そして、客室を出来る限り快適に過ごせるようにと、豆から用意されたコーヒーセットや、DVDプレーヤーと大型液晶テレビを置き、バリのソファー、茶香炉など、宿の心意気を感じさせるほどのサービス精神がほとばしっている。
この熊本県と大分県に複数の湯宿を率いるのは、なんと女性の石川由香社長(1972年生まれ)。
2人のお子さんを持つ主婦であり、開業医である夫の看護婦まで務め、さらには自家菜園の野菜の手入れまでこなす、4つの顔を持つ女性なのである。
彼女の類まれなるマーケティング力と、行動力の素晴らしさは、すべての宿を繁盛させている点で実証されている。
彼女のプロフィールは、「貸切温泉どっとこむ」の「
離れの旅館 花心」で詳細に記しているのでご参考に。
話を「和み月」に戻そう。
この宿の公式HPを見ると、改めて、いかにリーズナブルな価格設定かが分かるだろう。
いま人気の宿泊プランは、朝ゆっくりしたい方に嬉しい「12時アウト☆関アジ姿作り付き☆海幸・山幸会席プラン」。
通常の会席料理にプラスして、豊後水道で水揚げされた新鮮な関アジをまるまる一匹、姿造りにて用意される。
お酒を飲みながら関アジをつまみつつ、ゆっくり夕食を楽しみたい方にいいだろう。
1泊2食付きでのお1人様料金は、16,900円〜。
お酒好きの方には、「【宝酒造×和み月コラボ企画】☆知心剣1本付プラン☆ 」もいい。
こちらはスタンダードな創作会席プランに、大分の本格麦焼酎「知心剣(しらしんけん)」がボトルで1本付くお得なプラン。
大分の方言で"しらしんけん"は、"一生懸命"という意味。
国産二条大麦を100%使用し、黒麹を用いた麦麹だけで仕込む「全量麦麹仕込」を行い、今までにない麦本来の香りと飲みやすさを実現したこだわりの焼酎なのだ。
これでも1泊2食付きでのお1人様料金は、13,500円〜と、時期によってはスタンダードな料金よりも安く泊まることができる。
1日2組様限定とのことなので、お早めに。
また、食事なしの「素泊まりプラン」もあり、1人9,000円〜となっている。
夕食は外で食べたいという方や、朝は朝食を食べずにのんびりしたいという方などに好評を博している。
「一泊朝食付きプラン」もある。
次の日に通常の宿泊プランを繋げて、二泊三日にすれば理想的だろう。

ちなみに、宿の公式HPからの直接ネット予約特典として、「サザエ壷焼き」をご用意。
新鮮なサザエを1人1個いただけるので直接予約がオススメだ(夕食付きのプランのみ)。
このように、低価格で人気を呼んでいるように思えるが、実はそうではなく、その価格以上のサービスを受けられるからこそ人気があると思って欲しい。
実際に、この料金帯の宿にも関わらず、客室に入って安っぽさは全く感じない。
逆に、この料金で本当にいいのだろうかと不安に思うかもしれない。
そして、ほとんどのお客は、客室に入った瞬間、この宿を選んで良かったと感じるに違いない。
「旅館 和み月」は、以前、大企業の保養所だったところを買収して、大規模な改装を施して温泉旅館に生まれ変わらせた。由布院の「美星(きらら)」も同様だ。
熊本・山川温泉の「旅館 四つ葉」は、経営に行き詰った旅館を買い取り、見事、人気旅館に再生させた。
つまり、石川社長は、最初に作った「離れの旅館 花心」以外の3軒は、すべて改装から始めた宿なのだ。
彼女は、その宿の潜在能力を上手に引き出し、それを人気商品に変身させる達人でもあるのだ。
この長い不況が続く中、旅館業界は、しばらく苦戦が続いているのは確かだ。
特に、歴史と伝統を持つ老舗旅館の元気の無さが気になる。
源泉かけ流しの大浴場や露天風呂にこだわり、昔ながらの形式を踏襲する。
しかし、それでは、現在の消費者のトレンドに付いていけない事になる。
旅館でも、やはりマーケットを読む力が絶対に必要なのだ。
石川社長は、ある意味旅館業界から見れば、まったく新しい人種。
いかに、お客が喜んでくれるか、満足してくれるか・・・の目線で、宿を作り上げる。
「露天風呂付き客室が人気」だと思えば、それを全室に備える。
ただ、「露天風呂付き客室は料金が高い」と世間の評判を聞けば、思い切って料金を下げてくる。
この当たり前の市場原理、消費者マインドを忠実に受け止め、宿経営をしているのだから、景気を嘆く他の宿経営者達は、彼女に教えを請うた方がいいだろう。
そして、一番、彼女の凄さを感じたのは、その「進化への意思の強さ」だ。
ここで、4軒の宿を成功させ、さらにもう1軒の宿を誕生させようとしている中、今までの成功体験を常に疑問視し、新たな「成功法則」を探そうとするところが見えるのだ。
まさに「進化」を恐れない、怖がらない人なのだろう。
それがあるからこそ、これらの宿はこれからも成長していくだろう。
その理由は、彼女の「進化」のDNAが、すべての宿に息づいているから・・・。(J)