小浜(おばま)温泉は、長崎県・島原半島の西海岸、夕日の美しさで有名な橘湾に面する海の温泉地だ。
斎藤茂吉(1882-1953年)が小浜に訪れた時に「ここに来て落日(イリヒ)を見るを常とせり 海の落日も忘れざるべし」と詠んだ歌の歌碑が「夕日の広場」にある。
もっと古い歴史をたどれば、「小浜温泉歴史資料館」(入館料100円)で様々な情報を得る事ができる。小浜温泉の江戸時代以降は本多家が管理を任されてきた。本多家初代親能は慶長19年(1614年)三河から小浜に来た。あの大坂冬の陣の年である。親能の三男親次は島原藩主・松平忠房公から“湯太夫”の称号を与えられ、本多家は代々湯太夫を引き継ぎ、小浜温泉を見守ってきた。最近まで、本多家がこの地に実際に暮らしていたが、現在は「小浜温泉歴史資料館」として敷地を提供することになった。
ちなみに、この資料館の入口の門は、明治4年(1871年)、本多家が島原城の城門のひとつを買って移設したものであり、実際に本多家のご子孫が住んでいた建物は「湯太夫展示館」となり、敷地には江戸時代の侍のために造られた露天風呂「さむらい小屋」を再現したり、間欠泉も見ることができる。
その小浜温泉の旅館組合の組合長を務めている(2007年11月現在)のが、「旅館 國崎」の社長、井上剛さんだ。その役職どおり、温泉街全体を盛り上げようと尽力しているようだ。昭和12年から続く共同浴場・脇浜共同浴場「おたっしゃん湯」や「浜の湯」などの他、風の強い日には波が湯舟まで届くという、海上露天風呂・波の湯「茜」をオープンさせ、夕日のきれいな海の温泉地として、全国にアピールしている。
変わったところでは「小浜ちゃんぽんマップ」を配布して、小浜の飲食店10数店舗で個性的なちゃんぽんを味わえるように告知している。ちゃんぽんは元々、長崎中華街が発祥なのだが、「小浜ちゃんぽん」は独自のアレンジをして、お店ごとに、“まろやか”、“濃くまろ”、“あっさり”・・・など特徴があるという。是非、小浜に立ち寄る際はチェックしていただきたい。
その他、ビーチを使ってのイベントや、市民参加型のマラソン大会など、様々な催しを企画しているので、くわしくは小浜温泉観光協会のホームページをご覧あれ。(
http://www.obama.or.jp)
「旅館 國崎」は、小浜温泉街の中心から少し外れた南側に位置し、全9室のみの小さな宿だが、その外観といい、歴史を感じさせる佇まいが素晴らしい。築80年は越えているという古い木造2階建ての造りだが、2階が客室、1階が食事処となっていた。実は元々、1階にも客室を置いていたのだが、2階の客の足音が気になるなどのクレームをもらってから、思い切って客室は2階だけにしてしまったとの事。約半分の客室にしてしまえば、単純に売り上げも落ちるだろうに、井上社長の、まずお客様に喜んでいただけることを第一に考えてのことだろうと想像するが、その英断には感服する。
そんな顧客重視の考え方は、多くのリピーター客を生み出し、小浜温泉随一の繁盛旅館と呼ばれるようになった。
そして、この宿の最大の魅力は自家源泉の豊富な湯量の温泉にある。男女別浴場、貸切露天風呂、貸切風呂2つと、合計5つの湯舟を持つ。敷地の地下100メートルから掘削したものだ。もちろん循環ろ過装置を使わない、源泉かけ流しスタイルの温泉だ。ただ、源泉が高温(97℃)のため加水をしているが、近々水を使わないで温泉を冷却する方法を考えているという。加水をしていても、良質の温泉なのに、これが源泉100%になれば・・・。これは想像するだけで楽しみになってきた。
忘れてならないのは、料理だ。小浜温泉は海に面している立地からか、海の新鮮な素材が容易に手に入る。取材時(2007年10月)の夕食のメニューをここで紹介しよう。
食前酒は梅酒。前菜は橘湾で獲れる“がんば”(天然なしふぐ)の湯引き、サザエのガーリック炒め、真鯛と赤足エビのお寿司、イカの子(対馬のスルメイカの内臓)、クジラの“さえずり”(ミンククジラの舌)。なかなか珍しい食材が並ぶ。お造りはシマアジの姿造り、あわび、地だこ、ヒラメで、いずれも橘湾で水揚げされたもの。どれも新鮮で美味い。焼物は雲仙もみじ豚の温泉しゃぶ。温泉の塩分が肉に絡んでたまらなく美味しい。蒸し物は、これも橘湾の真鯛を使ったかぶら蒸しだ。銀杏をのせている。盛皿は“わたりがに”の温泉ゆで。地元ではポピュラーなカニなのだが、別名“夕焼けガニ”とも言うらしい。その名の通り、夕日みたいに赤いからだという。煮物は“がんば”のがねだき。“がね”とは、カニのことで、ニンニクの芽と梅干しといっしょに煮る。揚物は“あらかぶ”(カサゴ)の唐揚げ。頭からワイルドにサクッといただく。これはビールに合う!締めは県産米のご飯と、魚のダシで使った麦味噌のお汁。デザートはメロン、アイス、ケーキにコーヒーが付く。
たまに魚料理が苦手という方がいるらしいが、”事前に相談してくれれば肉中心の料理にする事も可能”と、社長から聞いたが、その秘密は、社長は実は地元で焼肉店も経営していると聞いて納得した。
夕食は1Fの食事処「のぎく」の部屋でいただいたが、池に面しているロケーションもあり、ここにどうしても泊まりたいという方も少なくないという。実際、取材者である私もそう感じた。
この部屋は食事以外でもエステルームとしても使用されている。京都では町家を改装して、そこにアトリエや工房、ショップ、そしてエステサロンを開業する方が増えているらしいが、まさにここも(和の雰囲気の中でのエステも)ある意味粋に思えるし、オシャレでもある。
客室はすべて2Fにある和室となっていて、細かく分けると[7.5帖・T付き・定員2名]の客室が3室、[8帖・ユニットバス付き・定員3名]が3室、[6帖+6帖・T付き・定員4名]1室、[12帖・T付き・定員5名]1室、そして[20帖・T付き・定員8名]1室の合計9室となる。いずれも落ち着いた和室の風情だが、残念ながら窓からの景色は期待出来ない。海に面しているわけではなく、街中に建っている旅館であるからだ。
でも、なぜこの宿が人気旅館となっているかは、京都の古い旅館同様、内側を見せる(魅せる)仕掛け?があるからかもしれない。この「國崎」という小さな旅館の建物のパッケージ自体が、そこにいるだけで寛げる雰囲気が漂っているのだ。この感覚は故郷に久々に帰った印象にも近いかもしれない。
そういえば、この宿は「日本秘湯を守る会」の会員でもある。秘湯といえば、山奥の鄙びた湯宿を連想するが、「國崎」は海辺の旅館なので、そんな心寂しい印象はない。でも、いったん建物の中に入ると、郷愁を感じさせてくれる不思議な旅館なのだ。
宿名の國崎は現社長の祖父の出生地に由来し、昭和48年に、先代社長が、前オーナーから、この宿(建物)を買い取り「旅館 國崎」と名を改めた。現社長は20代から社長業に就き、実質2代目となる。
小浜温泉は、温泉が豊富な九州エリアの中でも、格段の湧出量を誇る温泉地でありながら、残念ながら知名度は高い方ではない。しかしながら、長崎観光をするなら宿泊エリアとしては、この小浜温泉を選択する価値は充分にあるはずだ。雲仙はすぐ東の山側に位置し、長崎市内もクルマあれば1時間ぐらいで行ける。
「サンセットがきれいな海」「極上の温泉」「おいしい魚料理」・・・と、この温泉地の魅力はたくさんあるが、リーズナブルな料金で宿泊できる旅館が多い事も特徴のひとつだろう。その中でも「旅館 國崎」は、小さいながらも古い木造建築の良さを醸し出していて、若い方から中高年の方々まで、幅広い年齢層に支持されている。
旅行好きな大人が、こんな宿を常宿にするのだろうな・・・と思わせる、インテリジェンスも感じさせる宿が「國崎」なのだ。(J)