古くは、海に近く山に囲まれた湯治場として親しまれてきた湯河原温泉。
明治時代中頃から、閑雅な風情と地の利があるため、文人墨客が数多く訪れるようになった。
この地を舞台とした作品は、現在までに数多く遺っている。
日本が高度経済成長をし、バブル期を経ても、この温泉地の姿はさほど変わることがなかった。
周辺の温泉地が観光地化しても、湯河原は古き良き時代の面影を残しながら今に至っているのである。
「おんやど恵」は、そんな昔ながらの風情に、新たな一面を持たせた。
それは、バリアフリー化も含め、お客の快適さを追求したことだ。
戦時中の1944年(昭和19年)に「惠旅館」として創業したこの宿。
大変な時代だっただけに、「天の恵み、地の恵みがお客様にもありますように・・・」との思いが屋号に込められている。
すぐに戦争が終わると、宿としての歩みは順調に刻まれていった。
1972年(昭和47年)に宿名を「惠ホテル」と改める。
そして、日本の近代化に添うように、この宿も大規模なリニューアルを敢行する。
1996年(平成8年)に、本館「せせらぎ館」を新築。5階建ての近代建築だが、どこか和の香りがするのも宿の歴史がそうさせているのかもしれない。
屋号も江戸情緒のある「おんやど惠」とした。

丁度その時期にこの宿に入社したのが、現社長である室伏学さん(昭和40年生)。
もともと東京でシステムエンジニア(コンピューター技術者)として、某総合商社のシステム開発業務に携わっていた。
主に石油化学業界と商社業界との間のEDI(電子データ交換)システム開発を担当。その傍ら、某専門学校情報処理専門科の非常勤講師も務めるほどの技術者だったという。
そして、この宿の創業者の孫娘であるゆかりさんと出会う。
宿の仕事に興味があった学さんは、8年務めた会社を退社する。結婚して婿に入ることが前提で、1996年(平成8年)に宿に入社したのだ。
前職とは正反対と思える仕事に、不安はなかったのかと学さんに伺うと「SEの仕事も、いわばお客様の希望に応えるために行うサービス業です。そういう意味では、旅館の仕事に通ずるものがあります。」と、笑顔で答えてくれた。
新人時代の苦労話を伺うと、初めて団体のお客を担当した時のことを語ってくれた。
東京の酒屋の社長仲間が10人ぐらいで慰安旅行をすることに決まった。
学さんは、東京に行った時に挨拶周りをするなど、誠意を持って対応した。
そんな一生懸命さが気に入られ、その中のお一人とは今も親戚づきあいのような関係になっているという。
ゆかりさんの母である女将も、そんな学さんを早くから認めており、入社半年後には無事に婿となった。
東京下町の深川で生まれ育った学さんは、江戸情緒溢れる「おんやど恵」との相性が元々良かったのかもしれない。
そして学さんは、1998年から1999年には、「財団法人 日本情報処理開発協会」の平成10年度・先進的情報システム開発実証事業「オレンジウェーブゆがわら」プロジェクトに地元を代表して協力。
2000年には、「湯河原町まちづくり懇話会」委員となり、翌年の総合計画策定に参加。
そして、2001年(平成13年)に宿の四代目社長に就任する頃には、地域で数々の要職を兼任していた。
2001年〜2002年
湯河原町ホームページ検討会 委員
湯河原ワイズメンズクラブ 会長
2003年〜2004年
関東甲信越静ブロック中小企業青年中央会情報ネットワーク運営委員会 委員長
2003年〜2005年
神奈川県中小企業青年中央会 副会長
神奈川県旅館生活衛生同業組合 監事
社団法人 湯河原温泉観光協会 理事
湯河原温泉旅館協同組合 専務理事
神奈川県中小企業青年中央会 監事
湯河原温泉旅館協同組合青年部 相談役
湯河原町商工会 理事
社団法人日本観光旅館連盟湯河原連絡会 会計
湯河原町防火安全対策協会 理事
中ノ島有線テレビ視聴組合 組合長
曹洞宗青谷山福泉寺 世話人
神奈川縣神輿保存會湯河原睦會 理事・・・
PCの技術があるだけでなく、面倒見のいい室伏学社長に、様々な人が頼ってしまうのも分かる。
「関係機関の皆様へ こんなに多くのお役目をいただいております。もうこれ以上は勘弁してください。」と、宿の公式HPで自ら愚痴をこぼしていたのも仕方あるまい。
若女将のゆかりさんは、多忙な室伏社長を支えながら、日々接客に勤しんでいる。
常に明るく、元気なゆかりさんに、「笑顔をもらいに、またこの宿に来るよ」と言ってくれるリピーター客は多いという。
2010年に放送されたBS朝日「宿だより」では、若女将のナレーションでこの宿が紹介されていた。

宿のHPを見ると、室伏社長の真面目で誠実な姿勢を反映している。
この宿の情報を、包み隠さず、非常に細かく掲載しているからだ。
全37室の間取りや館内施設情報など、すべてを公開し、温泉の使用方法もこと細かに解説。
よくある質問も、宿泊全般についてから、宿泊料金、料理、温泉、その他と、項目ごとに載せているのが親切だ。
宿泊プランも様々打ち出しているが、客室タイプごとに紹介しているので認識しやすい。
全室で用意しているプランで、「1泊朝食付きプラン」がある。
こちらは、20:00〜22:00にレイトチェックインし、翌朝は9:00から、のんびり朝食を食べていただくという宿泊プラン。
首都圏からも近いので、平日仕事が終わった後に利用する方が増えてきたとのこと。
標準和室でオススメなのが、「記念日プラン(温泉かけ流しの貸切風呂付&デコレーションケーキ付)」。
貸切風呂を40分間無料で利用でき(通常3,000円)、さらに夕食時に5号(15cm)サイズのデコレーションケーキ(メッセージ可)をご用意。
これで、通常料金プラス2,900円で宿泊できるので、ご夫婦やファミリーの記念日に好評のようだ。
室伏社長の誠意あふれる人柄と、若女将のゆかりさんの優しさ溢れる接客態度は、スタッフ全員に浸透し、その心意気が間違いなく伝わっているようだ。
某旅行サイトのクチコミ評価をみると、総合評価4.5(5点満点)と非常に高い数値になっている。
このクチコミを全てあてにできる訳ではないが、特に評価が高いのは、部屋の設えと宿の清潔感。
とにかく掃除などは徹底し、居心地の良さを提供しているのだ。
また、接客・サービス面も満足度は高い。
夕食は部屋食なので、必然仲居さんと接する機会が多いが、絶妙なフレンドリーさがある。
これは、若女将の明るい人柄に起因しているのだろう。
この宿の一番の特徴は、バリアフリーに配慮した宿づくり。
障がいの内容や度合いは多種多様、完璧なバリアフリーではないが、これからも少しずつ前進していくことだろう。
誰にでも優しい設計、幅広い方に使い勝手のいいこの宿は、寛ぐという旅本来の目的を思い出させてくれる。
2008年(平成20年)に誕生した、「別邸 月の匠」の露天風呂付き客室は、バリアフリーに配慮をしつつも、様々なお客のワガママな要望を応えた、誰もが寛げる設えになっている。
実際、この宿のリピーターは、年配のご夫婦が多いというが、部屋でゆっくりのんびりしている人が多いとのこと。
早めにチェックインしたら、周辺観光に出かけず、ただただ温泉を楽しむ。そして、疲れてきたら部屋に戻って体を休める。
長年連れ添ったパートナーと、他愛のない話をしながら、何もしない贅沢な時間を過ごす。
部屋出しの夕食は、自分たちのペースで楽しみ、夜は再び湯浴みの時。
客室に戻り、体が温まっているうちに、ふかふかの布団に体をあずければ、深い眠りにつくことは間違いない。
翌朝、体の疲れはすっかり取れて、温泉と朝食をゆっくりと味わい、11時に宿を出て、少し観光を楽しんでから家路に着く・・・。
そんなゆったりとした旅をするご夫婦にとって、「おんやど恵」は最適と思われる。
今後もこの宿は、バリアフリーを心がけながら、老若男女問わず、お客の要望に応えた宿づくりを進めていくのだろう。
外観や内装だけにお金をかけ、着飾ったデザイナーズ旅館では追いつけないものが、ここにはある。
それは、日本旅館が昔から持ち合わせた、“本物のおもてなし”だ。
実際に、この宿には、年配のお客だけでなく、小さなお子様連れのファミリー、そしてご夫婦、カップル、そして女性グループまで客層が幅広い。
それは、この宿のバランスの良さに起因している。
ユニバーサルデザインを打ち出すことにより、結果的に多くの客層に、この宿の魅力をアピールすることができているようだ。
宿は人で成り立ち、人で宿の性格が分かる。
女将の待子(ちかこ)さんが、丹精込めて造り上げたこの宿が、現在の社長・若女将夫婦の世代に受け継がれていく。
その精神は、人も宿も優しくあるべきこと。
この現代の競争社会で疲れ果てた人たちが、一時の安らぎを求めにこの宿に訪れた時、「おんやど恵」の隠れたポテンシャルに気づく。
館内に漂う、優しさ溢れる雰囲気が、空気感が、癒しとなってお客に響く。
この誠実さと優しさが漂う空間で、時間を過ごす事ができれば、人は幸せを感じる。
そんな印象を抱かせた宿は、何度も訪れる別荘代わりに利用するのも悪くない。
実際、そういったお客は多いという。
まさに「恵み」を感じさせる湯宿なのだ。(J/I)