鳥取県、三朝(みささ)温泉といえば全国でも非常に珍しい、弱い自然放射線を放出するラドンを含有する、いわゆるラジウム温泉として知られている。国内ではココと、秋田県の玉川温泉が有名だ。浸かることで自然治癒力の向上があるといわれるこの温泉には、湯治を目的に全国から来訪者が絶えない。小高い丘と丘の谷間を流れる、三徳川沿いに広がる温泉街は鄙びた風情、懐かしい日本の風景そのものが見られる。その珍しい泉質とレトロさを求める旅心から、この温泉地は山陰地方でも随一の人気を誇る。
その三朝温泉の中でも、「依山楼岩崎」はこの地を代表する老舗温泉宿だ。大正9年の創業以来、野口雨情、与謝野晶子、田山花袋はじめ数々の文人墨客に愛され、また、昭和天皇皇后両陛下、今上天皇・美智子皇后両陛下、皇太子殿下・雅子妃殿下などもご宿泊された、皇室御用達の由緒正しき温泉宿でもある。現在では館内に、その記念の書などの品を見ることができる。中でも、野口雨情がの際に即興で詠んだ唄は「三朝小唄」として知られ、三朝橋のたもとに記念碑として残っているほどだ。
威風堂々とした外観と呼応するように格調の高さが漂う館内、まず足を踏み入れるエントランスロビーも広々としている。三徳川の流れを見ることができる川のラウンジ「明星」。2階まで吹抜けになった天井と、大きくとられた窓で抜群の開放感がある庭のラウンジ「白樺」。これらふたつのラウンジを介し、川から奥の庭園まで明るい光が抜ける。ガラス越しには自慢の回遊式庭園が一望でき、四季折々の美しい自然をここからも堪能することができる。
この回遊式庭園、「依水苑」という名は論語にちなんで命名されたもの。かつての文人墨客も愛でた純和風庭園は、背後の山を借景に滝を引き、離れや茶室を配した風雅な佇まい。夜、ライトに照らし出される姿も趣深い。広大な庭園をめぐる回廊で、ゆっくりと散策できる。この庭園の中に佇むのが、離れの「三朝閣(さんちょうかく)」。昭和6年に皇族用の離れとして建設されたもので、敷居はサクラ、柱や鴨居はヒノキ、床柱や天井がマツでできている。この昭和初期の面影を今に残す建物の中には、昭和40年、昭和天皇が二度目にご宿泊された時に詠まれた句が展示されている。なお、「三朝閣」とは、徳川家第十六代当主、徳川家達公の命名。大正時代の面影を今に残す茅葺屋根の茶室、「扶桑庵」も緑濃い庭園との最高の調和を見せる。
フロントの向かいにはギャラリースペースが設けられており、貴重な食器や皇族ご来訪時の写真などが展示されている。客室数は77、拡張を重ね現在の規模になったのが平成9年。その後も平成14年、16年の二度にわたり自慢の温泉を拡張、男女別、貸切あわせ計12箇所のお風呂を楽しめるようになった。
77ある客室の中でも、露天風呂が備え付けられている貴賓室「桜川」と、特別室「音羽」・「呉竹」からは、目の前を流れる三徳川と三朝の温泉街を一望できる。その純和風のしつらえと、使い勝手のよい洋風応接間などの部屋で構成される広々とした空間は、旅に落ち着きを求める世代に特に評判が高い。湯治目的に長期滞在するお客もしばしばいるとのこと。その他にも温泉露天風呂が付く一般室が3部屋あり、様々な世代や客層に求められる部屋の構成がなされている。全室にバス・トイレが付く。
上記の客室のほかに特徴的な客室が、バリアフリー仕様のもの。3階の312号室などがその例だが、10畳の本間との仕切り以外には段差がない。ツインのベッドルームから洗面所、ユニットバスとトイレは車椅子でも難なく行き来ができるつくりになっており、これもあらゆる客層にもその温泉を楽しんでもらいたいというこのお宿側のおもてなしの表れであろう。
大浴場は「左の湯」・「右の湯」とゾーン別に分けられ、その中にそれぞれ論語の言葉「仁者依山 智者依水」に基づいてつけられた名前を持つ湯舟が点在する。日替わり(早朝5:00)で男女別が入れ替わる為、夕と朝とに入浴することで、全ての湯舟を体験できることになる。
まず「左の湯」、ここにある3つの湯舟のお湯は、源泉かけ流しと循環ろ過を併用している。内湯「逢山(おうざん)の湯」は、大人20人は入れる広さ。仕切り壁が個別に付いたシャワーブースも併設されているので、まず身体をよく洗ってから入浴しよう。内湯を抜けて外に出ると、一番の広さを持つ庭園露天風呂「逢水(おうすい)の湯」がある。ここは30人は入れるほどの広さを持ち、歩行湯、寝湯が併設されるなど、どの世代でも楽しめる工夫がなされているのが特徴だ。ここから一段高い位置に設けられているのが、「投入堂洞窟風呂」。これは近隣の国宝、三徳山三佛寺の投入堂にも似た佇まいから名付けられた。ここへ至る通路には足湯も設けられており、様々な趣向が凝らされた温泉テーマパーク的な特徴があるのが「左の湯」である。
「右の湯」には、4つの湯舟がある。内湯が2つ、露天風呂が2つで、内湯の「楽山(らくざん)の湯」は衛生のため源泉かけ流しと循環ろ過を併用しているものの、他の3つは温度調節のために加温加水はあるが、源泉をかけ流しにしている。「楽山の湯」は天井も高く、大人30人は入れる大浴場。屋内ながら岩で組まれた野趣ある佇まいだ。併設された露天風呂「仁者の湯」は、木の枕が湯舟端に設置され、庭園や空を仰いで寝ながら湯浴みをすることができる。通路を介して奥にあるのが内湯「楽水の湯」、広さは10人が入れるほどで、洗い場が併設されている。隣の露天風呂、「智者の湯」は、庭園の中にあるような佇まいの岩風呂。張り出した枝や簾(すだれ)からこぼれる陽射しが爽快なお風呂だ。「右の湯」は改装される以前からあった元・男女別大浴場が統合されたもので、派手さは「左」に比べれば劣るものの、その落ち着きある佇まいは古来よりある“温泉宿の大浴場”そのもの。根強いファンが多いのもこちら側である。
「左」・「右」どちらにも「ラジウム蒸気風呂」というスチームサウナが設けられている。ラドンが充満する室内にいることで呼吸と共に体内に吸収される。細胞が活性化され自然治癒力や免疫力が上がるホルミシス効果が得られるという。利用時間は11:00〜21:00だが、是非利用する機会を得たいところだ。
大浴場の入口には、飲泉場が設けられている。飲用すると若干のぬめりが感じられるが、これはミネラルが豊富な証拠。痛風や尿酸素質、リウマチ性疾患、慢性消化管疾患、慢性肝・胆道・膵疾患、糖尿病、気管支喘息などに効果があるといわれる。
自慢の温泉を堪能し身体が芯から温まったら、これもこのお宿の自慢の夕食をいただく。食事処は大きく分けて二箇所、2階の大小宴会場「對岑亭(たいしんてい)」か、厳選した食材を用いた、よりハイグレードな食事を愉しめる料亭懐石、茶寮「花野(はなの)」でいただく。どちらも少人数用に独立した個室小座敷で、温かいままに出される料理をいただく。
食前酒の漢方長寿酒ではじめる夕食は、身体に良い温泉の出るこのお宿のこと、やはり健康に配慮したメニューが並ぶ。前菜には季の品七点盛り。白身魚の湯葉揚げ、千社唐、河豚のウニ焼、あんこうのキュウリ巻き、ムカゴ・黒豆・きくらげ・百合根・魚のすり身のまつかぜ、小皿には、隠し味にウニを入れた宿オリジナルの白イカの酒盗、スモークサーモンをカブで包んださざんか寿司が並ぶ。先付けの砂丘長芋蟹豆腐は、お造りと一緒に出される。上にカニが乗せられた季節を感じさせる一品。春は桜や蕨、夏はじゅんさい、秋はおくらのメニューとなる。“湯けむりかざり 旬魚いろいろ”と題されたお造りは、輪切りにされた竹筒の中に盛り付けられる。最上段にはドライアイスが仕掛けられており、差し込まれた笹の葉を引き抜くと“湯けむり”のように煙が出る。どれも境港で水揚げされたもので、本鮪の子供・よこわと、松葉蟹の刺身、鳥取のヒラメ、タイ、赤海老が並ぶ。お椀には、境港の市場で仕入れた穴子の蕪(かぶら)蒸し椀。酢の物替りとして、松葉蟹釜戸盛り。土鍋に入れてカマドで蒸したもので、素材の良さと味が凝縮された味わいは文句なしに美味。濃厚なカニのすり流し添えられる。焼物には、焼き蟹。カニ天ぷら、カニ真丈、そして卵黄・バター、イタリアンパセリを塗って焼いた香草焼きが並ぶという、カニ好きにはたまらない品が続く。この品はシンプルにレモンをかけるなどしていただく。蓋物は、旬魚アラの酒蒸し。これも境港で水揚げされたもので、豆腐、ネギやほうれん草などの野菜が彩りを加える。しめの御食事には、湖山池で獲れた白魚の雑炊と香の物三点盛り。これも薄味に仕上げられており、岩海苔の香ばしさが口の中に広がる。水菓子にはメロンやマンゴー、東郷町で採れた新幸梨のゼリー寄せ。さっぱりとした味わいが食後の口に爽快な一品であった。
翌朝食に出されたのはこれも健康にしっかりと配慮された十二穀米のお粥に、さわらの西京焼、イカさし、カニの味噌汁、温泉玉子でつくられたダシ巻き玉子が並ぶ。全体的にさっぱりとした味付けで、多く食べても腹がもたれず、出発前にもう一度入浴するのにちょうどよいメニューであった。
温泉旅館に求めるものは訪れる人によって変わるもの。静かな雰囲気を楽しみたい人もいれば、せっかくだからと騒ぎたい人もいる。「依山楼岩崎」は、この両者の欲求を同時に満たしてくれる旅館である。前者におすすめしたいのが、1階ロビー中央にある「ぎゃらりぃ岩崎」。ここでは大正9年の創業以来、皇室をはじめとする数多くの文人墨客に愛され続けてきた証として、彼らが訪れた際に書き残した直筆の書や詠まれた詩などが常時展示されている。また、背後の山を借景に滝を引き、離れや茶室を配した風雅な佇まいの回遊式庭園「依水苑」を散策するのも良い。ライトに照らし出された姿もまた趣深いので、夜間の散策もおすすめだ。
一方、後者のためには10人以上でも利用できるカラオケルーム「てっぽん」「かっぽん」や、大人数での宴会後に二次会として活用したいクラブ「ジヴェルニー」がある。また、三朝温泉の中心街まで徒歩5分程度の近距離に位置しているので、夜には繰り出して楽しむのも良いだろう。
大浴場での湯浴みを満喫した後には、地元鳥取の名産品や土産が取り揃えられた大浴場目の前にある売店、「山陰土産」に立ち寄ることをおすすめしたい。種類の豊富さはもちろんのこと、郷土の海産物を賑やかに並べた「朝市」(午前6時30分〜午前9時まで)を開催するなど、利用する宿泊客からの評判も上々だそうだ。その数多くある土産品の中でも特に注目していただきたいのが、三朝温泉のお湯を特殊技術で改質したスプレータイプの温泉化粧水である「三朝みすと」である。化粧水の成分は、ラドンを含有する三朝のラジウム源泉だけ。光触媒フィルターを通して温泉水を改質することで、肌への浸透力、保湿効果を高めてくれる。また、完全無添加なので敏感肌の人も安心して使用することが可能だ。「肌に無理なく潤い、しっとりする」、「敏感な肌にも合う」などのコメントが使用者から数多く寄せられる人気商品なので、是非チェックしてほしい。
さて、1164年に開湯したと言われている三朝温泉には、三朝温泉白狼伝説という伝説が語り継がれている。源義朝の家臣であった大久保左馬之祐(おおくぼさまのすけ)が、主家再興のため三徳山詣でを行った際、年老いた白い狼を殺さないで見逃した。その夜、夢枕に妙見菩薩が立ち、白い狼の命を救ったお礼に温泉が湧いていることを告げる…。これが今日の三朝温泉になったという伝説だ。このような伝説が残される歴史ある三朝の地には、“次の世界遺産”とも言われる国宝「三徳山三佛寺投入堂」がある。西暦706年に開山され、修験の行場として始まった三徳山に建立されたこのお堂は、明治元年に発令された神仏判然令による廃仏毀釈も免れているため、比較的ではあるが建立当時の姿を残しているそうだ。開山1300年祭(平成18年〜22年)に合わせて、抽選で3名だけ拝観できるというニュースが流れたのはまだ記憶に新しい。
かつてここ三朝でも、バブル後にいくつかの旅館が閉鎖されていった。そんな状況を切り抜けることができたのは5代目にあたる現社長、岩崎元孝氏の推し進めた経営改革が功を奏したからだといえよう。
平成2年に就任した、岩崎氏は、それまでは東京で大手トイレタリー会社で営業をされていたそう。その際に培った労務管理などの経営学を就任以来、旅館業に採り入れたのである。例えば、ローテーション式の勤務シフト管理をはじめ、それまで厨房で食べるのが習慣であったところに社員食堂を設けるなどすることで、メリハリの利いた職場環境を導入。それらの変化により社員それぞれの意識改革を促すという、進歩的な経営の風を吹き込んだのである。それは、鳥取の旅館では初めて、お宿公式ホームページを作成したところからも垣間見える。
現在も三朝温泉組合長として活躍されており、たとえば、三朝温泉の泉質ラジウムの発見者、フランスの科学者キュリー夫人の遺徳を讃え始まった、花火も上がる真夏の大祭「キュリー祭」を主催されるなど、三朝という街の盛り上げにも深く関わっているのである。
「依山楼岩崎」は客室数から見れば、三朝温泉の中では規模の大きい旅館に属する。にもかかわらず、どんな客層でも楽しめるようにと、個別に分かれた食事処や、バリアフリー対応の客室など、キメの細やかな配慮の行き届いた様々な仕掛けが館内に満ちている。それは、小規模の小回りのきく旅館のようでもある。
この宿の人気の秘密はここにある。ある程度のスケールの宿ながら、家庭的というか、キメの細かいサービスが受けているのだろう。
10月、11月は旅行会社が主催する団体旅行客が多い時期ではなるが、その以外の月は2〜4人程度の少人数客、いわゆる個人客中心となっているのがその証拠だ。
ご夫婦、ご家族でゆったりと過ごすには、絶好の宿と言えるだろう。(J/eb)