急峻な山々が連なる伊豆半島のほぼ中央、天城山を源に流れ出る狩野川が沼津に向けて徐々に川幅を増していくころ、盆地のように山や丘に囲まれるのどかな風景がぱっと目の前に広がる。ここは中伊豆・伊豆長岡、伊豆半島の根元に程近く、かねてより沼津や三島の奥座敷として賑わいを見せる温泉地である。
120以上の源泉を持ち、豊富な湯量を誇る伊豆長岡だが、これは東の古奈地区、西の長岡地区を併せた総称だ。古奈は修善寺、伊豆山の走り湯と共に伊豆三古湯と呼ばれ1300年の歴史を持つ。かつて幽閉されていた源頼朝が湯治に訪れたといわれ、高級旅館や数寄屋造りの宿が醸し出す落ち着きある雰囲気が魅力を放つ。一方の長岡地区は明治期に温泉が発見されたところで、大型のホテルなどが並ぶ賑やかな雰囲気。それぞれ異なる趣を持つこれら地区が、標高150メートルの源氏山をはさむようにして広がる。
ここは鎌倉時代の史書「吾妻鏡」にも記載が残っており、また、平安時代に源三位頼政の奥方として宮中に仕え、絶世の美女とうたわれた「あやめ御前」の出身地でもあるなど、極彩色に彩られた日本史において重要な役割を果たした土地である。また、江戸時代の温泉番付にも、前頭に「豆州 小名の湯」として名を連ねられていることからも、これまで多くの人間に愛されて発展してきた町であるかが窺い知れる。
創業昭和39年の伊豆の古奈の宿、「伊古奈荘」は、華美な装飾などない2階建ての建物。伊古奈姫伝説がもとになって名づけられた南伊豆・下賀茂の温泉宿、「伊古奈」とは由来からして異なるのでご注意を。佇まいそのものはひっそりとしていて目立たないが、中に入ると一転、ゆったりとした空間が広がる。奥の坪庭からこぼれる光が、峠の茶屋を思わせる長椅子の置かれるロビーに開放感をもたらしているのだろう。記帳を済ませるとこの長椅子でお抹茶とお菓子をいただく。これは茶道の裏千家の先生を務める大女将によるもの。ちょうどここの壁に掲げられた書には「喫茶去」とある。これは禅の言葉で、「よく来られた、まあお茶でもどうぞ」というおもてなしの言葉だそうだ。
数奇屋造りの意匠が施された館内は、間口はさほど広くないものの奥に広がりを持つ。ロビー奥の庭園を囲むようにS字を描いて広がるので、外観だけから宿の規模を思い描いていたら予想外の驚きがあるかもしれない。施設は1・2階併せて12の客室と男女別大浴場、2つの貸切風呂と離れの茶室兼特別室の「直指庵」が庭園の中に設けられている。その他には2階に宴会場「青山」、1階のロビーの右手に料亭「佳月亭」、外から出入りできるバーラウンジのクラブ「胡蝶」があり、落着きある佇まいでありながら多くの娯楽要素が詰め込まれた宿であるといえよう。
大浴場は1階に男女各1つずつある。男湯「橘の湯」、女湯「椿の湯」はともに、清掃の時間を除く24時間、いつでも入浴することができるというもの。「椿」に比べると広さは「橘」のほうが倍ほどあり、伊豆石を使用した湯舟も同様。「橘」には大人10人が入っても余裕があるほど。男女ともに正面の窓からは石灯籠などを配した季節感ある庭園が見られる。壁にあるレリーフが面白い。「平生の 気持ちに欲しや 風呂あがり」などといった言葉が彫られたもので、それぞれ違う文句が男女各浴室に掲げられている。
それぞれ意匠の異なる設えの客室は建築当時、大工さんたちが各自分担し、競い合って作ったものだという。高い精度で設えられた客室内、天井の模様や柄からは、往時の粋を偲ばせるものがある。間取りも異なり、7帖の副室のある部屋、茶室を模した空間(サロン)の備えられた部屋というように、全13室ながら実に多様性のある構成といえよう。全室にバス・ウォッシュトイレが付くが、内湯だけでなく露天風呂もある客室が、特別室を含め4室、内湯を改装して露天風呂にした客室が2室、計6室に露天風呂がある。どれも客室前の庭園と溶け合うように設けられており、湯浴みをしながら庭の草木に季節を感じるという趣向のもの。露天風呂の湯舟はどれも石造りで、温泉の効果に加え、石の持つ遠赤外線効果も期待できるという。肌触りも良く、さらさらとしたお湯なのでついつい長湯してしまう。程度にもよるだろうが、アトピーの方にも喜ばれているようだ。湯上り後も長く持続するポカポカとした感覚は心地よく、また部屋から出ることもなく、誰にも気兼ねすることなく良質のお湯を存分に楽しめるというのも嬉しい限りだ。
1階の1室、2階の6室には露天風呂こそないものの、ゆったりとした部屋の設えは同じ。2階の客室の窓からは、1階客室のように風情ある庭園を堪能することはできないが、どこも“昭和の時代の良さ”を感じさせるつくりで味わいがあり、のんびりと寛ぐことができる。表通りに面した2室(205「緑水の間」・206「白雲の間」)は、80畳あった宴会場を40畳に縮小した改装の際に完成したもので、水回りなどに新しい設備が取り入れられているのが特徴だ。
お湯で体が温まったらお食事だ。朝夕ともに部屋で、一品ずついただく。この宿の看板にもなっている海の幸を中心とした海鮮懐石が主だが、松茸や伊豆牛といった山の幸も楽しめる。豊富かつ新鮮な食材が集まるのは港も近く、山も近い伊豆長岡ならでは。これまで沼津や三島などの企業が接待で利用してきたという土地柄、料理のレベルは相対的に高いという。
「伊古奈荘」で包丁を振る大川一美料理長はキャリア40年以上の大ベテラン。夕朝食だけでなく、ランチ時の松華堂弁当や、茶懐石料理まで手がけているそうだ。季節感をふんだんに取り入れた料理はさすがの彩りで、目にも楽しめるこの取材時(2008年3月)の献立、「料理長おまかせコース」を紹介する。
食前酒には女将手づくりのいちご酒。3月ということで春を連想させる品々が続く。小さな鳥篭のようなカバーに入れられた先付けは、ソラマメをつぶしたうすいで作られた豆腐。栗、花びら百合根、蟹、うに、沼津港であげられた白魚、蕗味噌が添えられる。
前菜にはひな寿司。筍・千社唐・イカ・エビの木の芽和え、細根大根、合鴨ロース、天城の川海老が色鮮やかに、春を感じさせる盛り付けで食卓を華やかに彩る。
煮物椀には手取り蟹真丈、芽カブの葉(うぐいす葉)、地物の筍が入った清まし汁。具材は濃厚な味わいながら、口当たりの優しい一品で、胃袋もしっかりと温まる。
御向として駿河湾の幸色々。沼津のカンパチ、伊豆の金目、マグロ、車エビ、帆立、筍、カワハギの肝あえなど、眩いばかりの豪華さだ。小椀に入れられているのは蛍烏賊と白魚。
酢の物はもずく寄せ。つの字海老、桜たこ、子持ち昆布、酢取茗荷、くらげ、防風という様々な具材を、黄味酢の強い酸味で味を調える。海鮮類の濃厚な味を堪能したあとに、口をさっぱりとしてくれる一品だ。
続く中皿はアワビの踊り焼。伊豆の定番料理だが、ここでは酒蒸しにして生身の持つ臭みを消し、なおかつバターの香りを加えることでより食べやく仕上げている。これはフォークとナイフでいただく。
温物は、新筍、蕪、相模湾で取れる飯だこ、ふき、菜の花、木の芽といった具材が入る蓋物。蓋を開けると、立ち上る香りで素材の濃厚な味わいが凝縮されていることもわかるだろう。
平鍋にて出される焼肴は、海鮮酒蒸し。たらば蟹、生帆立貝、車えび、蛤、烏賊、エリンギ、アスパラガスといった盛りだくさんの具材を、その場で蒸し上げる。蓋をあけると濃縮された海産物の香りが湯気とともに立ち上がる。さっとポン酢につけて、素材の濃厚な味わいを楽しもう。
留め椀には合わせ味噌仕立ての汁。伊豆椎茸、桜麩、つるなが入る。締めに出されるご飯のこだわりには特筆すべきものがある。お米はコシヒカリなどをブレンドしたものだが、この宿で40年以上も勤務するスタッフが研ぎ方、水の分量など熟練の技を発揮したもので、お米そのものの味わいがぱっと、濃厚に口の中に広がる。実際に、日本人として生まれて以来一番美味しいと感じた。焚きあがるタイミングにもこだわりがあるため、はじめにご飯を出して他のお品と一緒にいただくことなどは基本的にできないそう。
盛りだくさんで提供される夕食だが、肉類ではないので不思議とすんなり胃袋におさまった。コースによって伊勢海老やズワイガニといった高級食材も頂ける。事前に好みやアレルギーなどを伝えておけば、もちろん好みの味と量とに仕立ててくれる。思い描く、「食べたい料理」にこだわりを持つのもいいことだが、常連客や連泊客にも毎日違う献立を提供するという懐の深さ、おもてなしの心は長い経験の賜物なのだろう、「お客様は、食に対してもっと贅沢になってもいいんですよ」と笑う大川料理長の腕っ節には、期待しても損をすることはない、そう思えた。
朝食も盛りだくさん。鰯の開き、生烏賊、アジのたたきとイクラ、湯豆腐、ひじき、そば、納豆、オムレツ、伊勢海老ダシの味噌汁、そして再び自慢のご飯とお粥。ここは伊豆観光の拠点にもなる土地。たっぷりと朝食をいただいて、元気よく旅立てるようにとの宿側の心配りである。
このお宿を語る上で、避けて通れぬのが茶道の心。庭園の中に建つ、離れの「直指庵」には茶室があることは上に述べたが、ここは元来、宿泊施設ではなかったそうだ。茶道の裏千家の先生も務める大女将が、お茶会などを開く際の会場としていたのを、大人2名限定の特別室として一般にも開放するようになり、現在に至るのだという。建造は昭和40年代のことで、創業して数年経ってからのことだ。コブの多い栃の木など、銘木をふんだんに使用した設えは精度の高さをいまに残す。いまだに隙間にはカミソリ一枚入らないというから驚きである。
「直指庵」とは禅の言葉、「直心是道場」という言葉から名付けられたものだという。「自分の心を指差して日々鍛錬」という意味合いを持つそうだ。お茶とは古くから煩を洗い流すもの(滌煩・できはん)といわれているそうで、その厳粛な作法ばかりが取り沙汰されるが、全ては人を思いやる心と風情を楽しむ遊びの心からはじまるものだという。この茶の心ともいうべきものが、このお宿の通底に流れているのを感じる。
温泉浴をする上で忘れてはいけないのが、まず体を洗い流すこと。入浴も、決していきなり長湯はしないこと。小休憩を繰り返して2、3回に分けて湯浴みをすること、といった案内が、どこのお宿のお風呂にも書かれているが、これは作法や決め事というものではなく、共有の財産である温泉というものをいかに大切にかつ有効に利用するかという知恵の産物である。
食事の献立も然り。味のしっかりしたものとさっぱりとしたものと、出す順番やタイミングとは決まりごとではなく、食べる者への配慮から出来上がった暗黙の了解である。
このお宿の随所に飾られる書物や掛け軸は、みな鎌倉五山の円覚寺管長、足立大進師から寄進されたものだという。親戚が円覚寺の檀家という縁がきっかけではじまった交流は、いつしかこの宿の精神的なバックボーンとなるほど、禅の心が浸透しているように感じられる。
この小さな旅館を切り盛りするのが2代目にあたる山田誠社長。温泉の多い伊豆の中でも、とくに良質のお湯で知られるこの地に育ち、大学卒業後は湯河原の高級宿、海石榴で修行を積んだという経歴を持つ。就職活動時はおりしも、東京ディズニーランドが開園することが決まった頃。つまり、娯楽産業における新しい波が押し寄せてきた時期だ。幼少のころより肌で感じて学んだ、日本古来の伝統的な娯楽のあり方と、黒船よろしく現れた外来の娯楽のあり方、似て非なるものがこの後の日本に混在することになるが、若き山田青年は伝統娯楽を継承することを選ぶ。
「古いものは古いものの良さがある。その良さを残していってほしい」と語る山田社長だが、決してカタブツの頑固親父というお人柄ではなく、むしろ新しく良いものはどんどん取り入れる柔軟さがある。だからこそ、自らの4人の子育て経験から着想して客室露天風呂を新設したり、大浴場女湯に置かれるベビーベッドであったり、多くの旅館では歓迎しないお子様や高齢者も積極的に受け入れているのである。いち日本人であれば温泉宿にあってほしいと思いあたることがらを、すぐさま行動に移して来られたのである。チェックアウトを11時30分まで延長できる「朝寝坊プラン」などは、個人的にもありがたいと思うところだ。その他様々なプランやお得なサービスが、公式ホームページ上に用意されている。公式ホームページから直接予約を取る場合には、通常の価格から¥1,000値引きされるので、これを利用しない手はないだろう。
理論めいた机上の空論から得た経営哲学に基づく行動ではなく、単にブームだから流行だからという理由で設備投資に勤しむわけでもなく、肌で学んだ等身大の考えを発展させてできあがったこのお宿には、旅という非日常がしばしば醸し出す違和感や、わざとらしい演出というものが感じられない。まるで自分の家にいるかのように畳の上で寝転んでは寛ぎ、広くはない庭の草木を眺めては季節を感じ・・・。自分の家との違いといえば、ここには良質の温泉を湛える湯舟があるということ。大都会の喧騒を離れ、“侘び”にも通じる日本の伝統が息づくこの空間で堪能できるのは、忘れられつつある、古きよき日本の姿なのかもしれない。
その古きよき姿を思い起こさせる取り組みも、温泉街全体で行われている。この宿の玄関口に取材時に飾られていた「まゆ玉飾り」である。これは元々、蚕がより多くの繭を作ってくれるようにとの願いをこめたものだが、数十年前からこの地の養蚕業が衰退したことで、この飾りもあわせて姿を見ることがなくなってしまった。
そんな折に、伊豆長岡温泉の旅館のお女将さんや芸妓さんなどで、着られなくなった着物の有効な活用法はないものかと案を練ったところ、この地の伝統工芸に行き着いた。伝統を受け継ぎ、地元の女性達が手作りで丹精込め作り上げたのがこのまゆ玉飾り。毎年12月下旬から3月下旬迄、豊作・商売繁盛・家内安全・等々を祈願して各旅館や温泉旅館会館に飾られるものである。稲取のつるし雛にも負けぬ華やかさと愛らしさ、そして艶やかさを持つ。
自慢の食事が付く日帰りプランも用意されている。客室を利用する場合と、1階の料亭を利用する場合とあるが、コースの種類や食材など、予算に合わせたプランが展開されているのはありがたい。首都圏にお住まいの方などなら、まずは伊豆観光のついでなどに、日帰り利用でここの魅力の一端に触れるなどすると良いかもしれない。時間がゆっくり取れる時に再度訪れ、のんびりと宿泊してこの宿のおもてなしを堪能する。こういう利用方法ができるのも、東名高速の沼津インターから30分程度、新幹線三島駅からも電車を利用して20分程度の、伊豆長岡という地だからこその楽しみ方であろう。(eb)