「浜の湯」の始まりは、港町の小さな銭湯だった。創業者は、船乗りだった故・鈴木良平氏。
早朝から釣りに来て帰りしなに入浴していくお客が多かったため、創業から数年たった昭和44年ごろ、釣り師のための宿泊部屋を5つ設けたという。
そして、昭和52年(1977年)に、良平氏の息子の鈴木政夫さん(現会長)が、現在の場所に旅館を創業。
太平洋を望む稲取屈指のロケーションと、新鮮な海の幸中心の料理で、20室規模の小さな宿だったが、まずまずの人気となっていたようだ。
現在の社長は、政夫さんの息子で、宿としては二代目となる鈴木良成氏。
昭和39年に生まれた良成さんは、大学卒業後、観光系の専門学校を経て、山形県瀬見温泉にある旅館「観松館」で修行を始めた。
落ち着いた佇まいと良質の湯、そして上質な料理で人気の高い宿である。
そこで、2年の月日を過ごし、温泉旅館の良さと接客業の本質を学んだ。
そして、故郷の稲取に戻り宿を手伝い始めたのだが、年を重ねた宿の建物は、ひどく老朽化が進んでいたという。
しかしながら、宿を新築する資金はない。
世間的にはバブル景気の崩壊があり、銀行も融資の相談にのってくれなかったという。
宿として我慢の時代が続く。
そんな状況で良成さんが考え出した答えは、“料理”に特化した宿にすること。
館内の消耗品などに掛ける経費をできるだけ抑え、その分、料理に使う食材を最高のものとしたのだ。
実は、稲取漁港の入札権を持っていたので、特に新鮮な海の幸の仕入れが出来たことがその背景にある。
さらに、朝から舟盛りを出すことで、お客に対するインパクトも大きかった。
「美味しい魚料理なら、やっぱり浜の湯が一番だ。また食べにくるよ」というリピーターがどんどん増えていったのだ。
この料理を充実させた戦略で、部屋数わずか20室の宿ながら、当時で年商6億3000万円という驚くべき業績を挙げた。
広告に掛ける予算は一切なく、パンフレットも薄っぺらの粗末なものだったが、連日のように満館という状況となったのだ。
この結果、メインバンクの支店長から、念願の融資が下りることになった。
しかもその額は、22億円(!)という希望以上の額であった。
広告宣伝費も使わずに満館を続けている宿の将来性、可能性、熱意を高く評価し、支店長が銀行のトップに掛け合ってくれたのだという。
1995年(平成7年)には、宿を全面リニューアルし、全44室の「食べるお宿 浜の湯」として生まれ変わった。
現在のフロント・ロビー、食事処、エステルーム、8階の貸切風呂の一部や大浴場の内湯などは、この時に出来たものだ。
宿のリニューアル後も、宿泊料金をほとんど上げずにおくと、リピーターの増加とクチコミによって新規のお客も増えていき、初年度から驚異的な客室稼動率となった。
その数年後、政夫さんは一線を退き、良平さんに宿の指揮をほぼ任せるようになった。
2002年(平成14年)には、2度目の設備投資を敢行。
それまで稲取エリアではなかった露天風呂付き客室を8室誕生させた。
この結果、翌年には過去最高の客室稼働率となり、全52室の宿がなんと年間94.8%も埋まっていたのだ。
JTB等の大手旅行会社(以下エージェント)に部屋提供をしていなかったことを考えれば、この規模の宿としては奇跡的な数字であろう。
“自分達の顧客は自分達で創り上げる”、“お客が強烈に満足され、喜んでいただければ必ずリピートしてくれる”という想いが、鈴木社長にはある。
これは、旅館業の原点に他ならない。
エージェント経由で来たお客の場合、直接宿で予約しても払う金額は一緒だ。
しかし、宿側は売上げの8%〜15%程度の手数料をエージェントに支払わなければならない。
これを年間通すと、数億円単位の莫大な金額になってしまうのだ。
そこを「浜の湯」は、自社の経営努力で集客。エージェントに手数料を払うことがないので、その分、料理の素材に費用をかけたり、幾たびの設備投資が出来たわけだ。
このサービスの向上は、何度もこの宿に訪れるリピーターの満足度にも直結している。
集客をエージェント任せにしてきた他の旅館には、決して真似できないことだ。
インターネットが主流となった現在は、エージェントのページからの予約も出来るようになっている。
しかし、公式HPと比べると、直接予約の方が断然お安くなっている。
オススメの宿泊プランは、「大パノラマ展望大浴場が貸し切れちゃう!」プラン。
これは1日2組様限定で、「望洋大露天風呂」か、「満天大露天風呂」のどちらかを14:00〜14:50の50分間、貸切風呂として独占できるのだ。
伊豆随一の絶景大展望風呂を、大事なパートナーや家族・子どもとプライベートに利用することで、大きな感動を得られるだろう。
某エージェントのクチコミ満足度を見てみると、5点満点で4.6〜4.8という数字をキープしている。
この“クチコミ”をまるっきり信用することはできないが、料理と並んで高い評価を得ているのが接客・サービス面。
新入社員が入社になると、まず1週間の研修があり、サービスマンとしての徹底的な教育から始まる。
襖の開け閉めから、和室での作法、料理提供の立ち振舞いを完璧に習得させ、超高級旅館にも引けをとらないレベルの高い接客を、全てのスタッフが実行しているのだ。
ただし、サービス面においても“浜の湯イズム”は、表面的なことに留まらない。
「一番大事なことは、客に対する思いやり。そして、その心をどうやって伝えられるか・・・一人一人のスタッフが考えて欲しい」と、鈴木社長は言う。
多くのリピーターや、設備投資のために銀行のトップにかけあってくれた支店長をはじめ、多くの人に支えられてきたことに感謝し、人と人との繋がりや絆を大切に考えているのだ。
この宿は、一組のお客に対して、チェックインから食事の部屋出し、チェックアウト後のお見送りまで、一人の客室係(仲居)が専属で担当する。
これは、昔ながらの日本旅館独特のスタイル。
お客とのコミュニケーションを大切にし、その上、どんな宿泊形態よりもお客との距離感が非常に近い。
旅の思い出の演出に欠かせないのが、仲居さんを中心としたスタッフと考えているのだ。
“旅の喜びや感動のお手伝いをしたい”という強い気持ちを持って、全てのスタッフがおもてなしに励んでいる。
一生懸命な姿に、人は感動し、こころを動かされるもの。
リピーターから、客室係の指名をいただくことも多いのだという。
旅館の宿泊体系そのものが“日本文化”だと考えている鈴木社長は、旅館業が接客サービスの最先端を走っているとの自負がある。
それゆえ、この宿は東京での合同会社説明会にも参加し、4年制大学を中心とした新卒採用を行っている。
そして、旅館では日本初であろう、インターンシップの受け入れも実行しているのだ。
2007年(平成19年)には3度目の大規模なリニューアルを敢行し、「浜の湯」はラグジュアリー感の強いリゾート旅館としての地位を築きつつある。
もはや“食べるお宿”の範疇を超え、ロケーション、温泉施設、接客、全ての面で、伊豆半島を代表する宿になった。
だが、鈴木社長は、まだまだ理想とする宿になったとは思っていないようだ。
いわゆる“高級旅館”になるのではなく、高品位なサービスを提供する“高質旅館”になるべく、熱血社長を中心に全スタッフが日々努力している。
今後も、自ら集客するスタイルにこだわり、突き進んでいくであろう。次の一手が非常に楽しみな宿の一つだ。
「海と伊豆七島の眺望」、「新鮮な魚介」、「リラックスできる上質な客室」、「居心地のいい接客」、そして「温泉」・・・と、人気旅館の要素をすべて備えているからこそ、多くの方に支持されているのだろう。
「食べるお宿 浜の湯」・・・この屋号と、現在の宿の中身は随分と印象が違う。
ただ、高級路線に突っ走るだけでなく、本来の美味しい魚を食べさせる料理旅館の姿を忘れずにいようという意思が、この屋号に隠されているようにも感じる。
そのギャップが、お客にとってのサプライズとなり、リピーター客を作っていくと考えるのは、深読みすぎるだろうか。
「昔ながらの温泉旅館」と「ラグジュアリー旅館」の絶妙のバランスを保っているところが見事と言わざるを得ない。
繁盛旅館の秘訣とは、宿泊料金以上の価値があるとお客が認めること。
改めて、この宿にはそれがあるのだろうと確信できた。(J/IZ)