東伊豆にある熱川温泉は、湯煙が立ちのぼる「温泉やぐら」が目立つように、湯量豊富な温泉地として知られている。開湯は東伊豆の中でもとりわけ古く、江戸城を設計した太田道灌により発見されたとの伝説が残されているが、不思議とそれ以降の歴史が語られていない。現在の主要アクセス手段である伊豆急行線が伊東から下田まで開通したのは昭和36年暮れのことで、首都圏からの観光客が多く訪れるようになったのはこれ以降の話ということが大きく関係しているのかもしれない。
温暖な気候、伊豆七島を望む景勝や海の幸にも恵まれたこの地は、首都圏から足を伸ばしやすい温泉観光地として現在は認知されている。伊豆熱川駅の側にある温泉を利用した「熱川バナナワニ園」はその中でも特に有名な観光スポット。ちなみに、ここを訪れる観光客の中には、熱川に温泉街が存在することを知らない方もいるそうだ。その他にも海側には「熱川温泉海水浴場(熱川YOU湯ビーチ)」や足湯のある「熱川海浜公園」、山側にはみかんやイチゴなどの観光果樹園も数多くあり、季節を問わずに楽しめると、多くの観光客が訪れている。
「懐かしの自然湯 熱川一柳閣」が熱川の地に誕生したのは、昭和26年3月10日の事だ。先代社長で、現社長の父にあたる石島大氏が、旅館業の修行で訪れていた熱川の地を気に入り、お宿をオープンさせた。ちなみに「一柳閣」という名称は大氏の父、専吉氏が群馬県の館林市で経営していた料亭「一柳亭」から「一柳」の名をいただいて名付けられたそうだ。
伊豆急行線の全線開通や道路の整備が進み、熱川に観光客が集まるのと比例して順調に集客を伸ばてゆく。祖父と同名の現社長の専吉氏が二代目を継いだのは、平成2年の2月のこと。自らのセンスを信じ、旅館ではなく“Ryokan”を目指した彼の手によって、その後様々なものが「一柳閣」には盛り込まれてゆくことになる。そして平成17年、建築士の松葉啓氏とのコラボレーションにより、和風モダンな雰囲気を持つ“Ryokan”に生まれ変わり、現在に至る。
館内に入ると、木の質感が存分に活かされた暖かい空間が広がっている。まず、フロントに掲げられている大きな木製のレリーフ「Children of the universe」に目がいくことだろう。右手には個性的な木のベンチが並ぶロビーが広がっている。左手には、樹齢108年の欅の大木の根を用いて造られたベンチがある。ちなみに、チェックアウトの際にこのベンチに座ってポラロイド写真を撮影してくれるサービスを行っている。旅の思い出としてそれ以上ないプレゼントになること間違いないだろう。
客室内に浴衣が用意されていないので、宿泊客はチェックイン時にフロントで浴衣を受け取ってから客室へ向かう。女性には色浴衣が無料になるサービスが嬉しい。自分好みの色の浴衣を着て、館内を動き回るというのも非常に趣き深い。
なお、公式ホームページから予約を取った場合、予約確認メールでコーヒーチケットが添付されており、プリントアウトして持参された方にはギャラリーマーケット「ファティマ」での利用が可能となっている。
客室は全部で20室あるが、タイプ別に考えると5つに分けることができる。ここでタイプ別に客室をご紹介しよう。
3階には「コクーンスイート(cocoon suites)」タイプの客室が3部屋ある。平成17年のリニューアルの際に誕生した客室だ。「わおん」、「きずな」、「とまる」とそれぞれ名付けられた客室は、和風モダンな雰囲気に溢れている。また、源泉掛け流しの温泉を楽しむことができる半露天風呂が付いているのはこのタイプの客室だけ。家族で一緒に入ってもゆったり出来る広さがあるので、大切な人と訪れる際に最適な客室だと思う。ちなみに、真鍮と鉄を用いて作られた味のある鍵と表札の文字は、現社長が利き腕と逆の左手で書いたものだ。
5階には、露天風呂付きの客室が3部屋ある。501、502、503号室がそれにあたるが、これらの客室のコーディネートを担当したのは、なんと現社長だそうだ。和室にローベッドが配されていたり、随所にアジアンテイストが盛り込まれていたりと、彼のセンスが存分に活かされた空間が広がっている。館内の最上階に位置しているので、源泉掛け流しで楽しめる露天風呂からは駿河湾の風景を眺めることができる。間取りにゆとりがあるので、2世代での旅行や、グループ旅行に適している客室だ。
4階の407号室は、半露天風呂付きの客室。大人1人がゆったり入浴可能な広さがあり、源泉掛け流しの温泉を時間を気にすることなく楽しめるのは、まさに贅沢。畳の上に配されたローベッドも思いのほか居心地が良い。夫婦やカップルの旅行に向いている客室だろう。
その他には館内には和室が6室、和室にベッドが配された和風ベッドルームタイプの客室が5室、バス・トイレ付きの和風ベッドルームタイプの客室が2室ある。賑やかな旅に適した和室、1室ごとに趣向を変えた和風ベッドルームは年配の方が過ごしやすい設えになっている。
趣向に富んだ3つの露天風呂に注目は集まっているが、館内には男女別に大浴場がある。男性用は「はだかの王様」、女性用は「レトロヴィーナス」と名付けられているこの大浴場は、大人が7〜8はゆったり浸かれる大きさの湯舟があり、源泉掛け流しの温泉を楽しむことができる。なお、客室の内風呂も、蛇口をひねれば温泉が流れこむ。源泉の温度が100℃に近い高温のため、時間をかけてゆっくり溜めることが必要ではあるが、源泉100%掛け流しの温泉を楽しむことも可能だ。
さらに2008年4月より浴槽に手すりとステップを設置して、足腰の不自由な方や高齢の方でも入やすくなっている。
「一柳閣」には、静岡県知事が認定する温泉の達人「温泉マイスター」や、正しい温泉の使い方や生活指導を行う「温泉入浴指導員」の資格を取得した社長をはじめとするスタッフがいる。温泉に関する疑問や質問がその場で解消できるのは非常に嬉しい。また、「一柳閣」の温泉は、静岡県の外郭団体・ファルマバレーセンターが選んだ、健康増進や癒しのための温泉宿泊モデル施設「かかりつけ湯」にも認定されている。このことからもこのお宿が、独自のおもてなしと良質の温泉が楽しめることをご理解いただけると思う。
食事は、夕・朝食ともに和室と「コクーンスイート(cocoon suites)」に宿泊した場合は部屋で、それ以外の客室に宿泊した場合は食事処「味庵料亭 竹の間」でいただくことになる。夕食は、公式ホームページで紹介されているプランごとに献立が異なっている。また、お品書きも細かく紹介されているので、プラン選択の参考にすると良いだろう。ちなみに、今回の取材時(2008年4月)にいただいたのは「金目鯛プラン」の夕食だった。
食前酒は、伊豆で旬を迎えた苺を用いた「イチゴ酒」。時期によっては葡萄や桃などが用いられる自家製の果実酒だ。先付けは「ヤリイカの酢味噌和え」。新鮮なヤリイカを用いているので、素材の味がしっかりと分かる一品だった。
前菜には、パンの上にチーズを乗せて焼いた「パンピザ」、鰤や金目鯛のあらを用いて作った「煮こごり」、「さざえのつぼ焼き」、「蒸した海老」などが並んだ。
酢の物は「生春巻き」。パクチーが用いられるイメージがある生春巻きだが、「一柳閣」ではその代わりに「しそ」を使用している。その他の具材には、きゅうり、パプリカ、海老が用いられていた。
「海幸五点盛り」と名づけられたお造り。伊豆沖で獲れた魚介が水揚げされる沼津港から仕入れているそうだ。取材日に並んだのは、まぐろ、真鯛、金目鯛、帆立、カンパチだった。どれも脂が乗っていておいしかった。
煮物は「金目の煮付け」。蕗と生姜とともに盛り付けられた「金目の煮付け」は、程よく甘辛く味付けられていた。伊豆を実感できる料理の一つである。
「金目鯛づくしプラン」のメインの料理がこの「金目鯛のしゃぶしゃぶ」。しめじ、えのき、ねぎ、豆腐とともに、そのまま刺身でもいただける金目鯛が、これでもかといわんばかりに大皿に盛り付けられている。しゃぶしゃぶにすることで、旨味が凝縮されるとともに、余分な脂が落ちる。それを料理長特製のポン酢でいただく。伊豆に来て良かったと思わせてくれる一品だ。
蒸し物は、ズワイガニの入った「茶碗蒸し」。カニのエキスが程よく染み込んでいておいしい茶碗蒸しだった。
白米と赤だしの味噌汁、香の物がここで出された。おかずを少しずつ取ってあれば、ご飯と一緒にいただけるが、そうでない場合は一緒に出される「梅ちりめんふりかけ」をご飯にかけていただきたい。なお、このふりかけは売店でも購入することができるので、気に入ったら購入することをおすすめしたい。
取材時のデザートはチョコレートケーキ。セットで出てくる飲み物は、コーヒー、紅茶、ハーブティーから選択することができる。
朝食には、沼津から仕入れる伊豆名物のアジの干物、地元の豆腐屋に特別注文している豆腐を用いた湯豆腐、玉子焼き、煮物、鮪の中落ちのお刺身、鯖の味噌煮、ハムサラダ、八丈島産の明日葉を用いた明日葉のつくだ煮、渡りガニの味噌汁、白米、漬物が並んだ。
館内にはこんな施設がある。2階の卓球場は老若男女を問わず人気だ。気軽に楽しむことが出来る卓球で一汗かいてから湯浴みに行くとよいだろう。利用可能な時間は15:00〜22:00。一台¥500で一時間貸り切ることができる。同じく2階には2人から貸切ことのできるカラオケスペース「リトルマーメイド」もある。グループで宿泊する際の二次会の会場におすすめ。使用料は、2人利用の場合は1時間/\3,150、3人以上の場合は1時間/1人\1,050だ。客室で施術してもらえる「エステ(\6300〜)」も、コースの種類が豊富で人気が高い。特に、カップルで利用する宿泊客が多いそうだ。
また、熱川の温泉街が徒歩2分ほどの距離にあるので、足を伸ばしてみるのも良い。「スマートボール」や「射的」など、温泉街らしい娯楽施設が立ち並んでいる。営業を開始する時間は、各旅館の夕食が終わった後くらいとはっきりと決まっていないが、浴衣姿で温泉街をそぞろ歩きするのも趣きがある。
チェックアウト前には、お土産品はもちろん、雑貨の販売や喫茶スペースも併設されている「ギャラリーマーケットファティマ」に立ち寄りたい。お土産には、伊豆の銘菓や民芸品が数多く揃えられている。また、社長の従兄弟の神主が「熱川湯権現」でご祈祷をした「各種お守り(\500)」や「恋みくじ(\100)」もここでは販売されている。お守りが購入できるお宿はそうは無く、また旅の良い思い出になるはずなので、購入することをおすすめしたい。
ギャラリー内に取り揃えられた雑貨は、アジアを中心に世界各国から集められたものが並べられている。これらは「一柳閣」でしか購入することができないので、じっくり品定めしてほしい。また、アクセサリー作り体験ができるのも魅力の一つ。11:00〜14:00の間であれば希望があれば随時教室を開いてくれる。旅の記念に挑戦してみることをおすすめしたい。料金は、携帯ストラップならば\1,800から作製することができる。
喫茶コーナーのおすすめは、イタリアンジェラート風の「ソフトクリーム(\300〜)」だ。一般の観光客でも購入することができるので、ソフトクリーム片手に温泉街を散策する方も見受けられる。また、スイスから冷凍輸入されたものを毎日オーブンで焼くこだわりの「パン」もぜひ味わいたい。出来たてのアツアツがいただける。
昼食として購入して帰路につく方も多いそうだ。もちろん、喫茶コーナーで食べることも可能。その際は好きなパン一つにコーヒーなどのドリンクが付く「お得なセット(\600)」をオーダーすると良いだろう。
公式ホームページをご覧いただければ分かると思うが、このお宿は趣向に富んだ宿泊プランがいくつか提案されている。また「システム・コンシェルジュ」を採用しているので、予約する際には「宿泊プラン」、「宿泊する部屋」、「オプションサービス」まで選択でき、自らで旅館での過ごし方をも選択できる。また、ホームページ内には館内の各種情報だけでなく、社長のブログやスタッフのブログ、社長のプロフィール紹介まで書かれており、行く前から「一柳閣」のアットホームさが手に取るように分かる。
旅館としての実力と、そのアットホームさがあるので、各種メディアからの取材や芸能人が多く訪れることでも知られている。ナインティナインの矢部浩之さんや小島よしおさん、ウエンツ瑛士さん達のサインと写真が館内には飾られていた。また、TBS系列で放映されている人気番組「恋するハニカミ」(MC:久本雅美/中島知子)で俳優の田中幸太朗さんとタレントの森下千里さんのデートの最終目的地だったこともあり、放映後「恋に効く宿」として、若いカップルが数多く訪れるようになったという。
このお宿の最大の魅力は、細かいところまで行き届いたサービスの提供であると個人的には思う。前述した公式ホームページの話のように「こんなことができれば」といった宿泊客からの要望に細かく応えてくれるのはその一例に過ぎない。館内も趣向に富んだ様々な仕掛けが施してあり、宿泊客を楽しませてくれる。その一方で、連絡をしない限りは必要以上にスタッフが立ち入らないスタイルが取り入れられているので、宿泊客のプライベート空間が守られているのも嬉しい。そのメリハリある接客がこのお宿に感じる心地よさの秘密なのだろう。
豊富な源泉を持つこのお宿には、日本的なテイストが感じられると同時に至る所から無国籍の香りがする。とにかく不思議な雰囲気が漂っている。「コクーンスイート(cocoon suites)」に代表される、最先端のトレンドを感じることが出来る客室があると思えば、昭和を感じさせる昔ながらの温泉宿の客室や、両者の良いところを盛り込んだまさに中間に位置する客室もある。とにかく、宿泊する客室によって受ける印象がまったく変わってしまう宿なのだ。
つまり、このお宿に宿泊する場合に重要なのは客室の選択である。大切な人との旅行を最大限に楽しみたいのであれば、やはり「コクーンスイート(cocoon suites)」をおすすめしたい。ここにはワンランク上の上質の空間が用意されているから。(J/NS)