江戸時代より北陸道の宿場町として栄えてきた岩室温泉。
街道沿いの歴史・文化が色濃く残るこの温泉地は、周辺と比べても、高級志向の旅館の割合が多いところでもある。
1990年(平成2年)あたりのバブル景気の頃には、改装ブームがこの温泉地にも起こった。
関係者や金融機関も「この宿の母屋も鉄筋造りにした方がいい」「客室を増やしたほうがいい」という進言もたくさんもらったらしいが、2代目館主・島哲男さんは頑なに拒んだという。
彼は、250年前からある母屋を、そのままの姿で、できる限り守り続ける事を選んだのだ。
宿を近代化、大型化すれば、それだけ売上げはあがる時代に、勇気ある決断だった。
そのかいあって、「高志の宿 高島屋」は現在、格式ある日本旅館として業界で認められている。
しかし、宿そのものは、その言葉ほど堅苦しくはない。
敷居の低さや親しみやすさを感じさせてくれる、非常に居心地がいい宿なのだ。
それは、名物女将である島基子(もとこ)さんの存在が大きい。
基子さんは新潟市のお隣り、燕三条市出身。
東京の短期大学を卒業後、実家へ戻る。
会社員をしながら、水泳やバレエの先生をするなど、忙しい日々を送っていた。
そんな基子さんが、この宿に嫁入りしたのは、1995年(平成7年)ごろのこと。
今までの生活とは全く違う旅館の若女将となり、とまどいながらも日々努力の毎日だった。
しかし、誰とでもすぐに打ち解けるような明るい性格の持ち主の基子さんは、少しずつ宿を切り盛りする醍醐味、楽しさを知っていった。
そして、2003年(平成15年)ごろ、先代の女将が体調を崩されたのを機に、基子さんが3代目の女将に就任した。
ちなみに、プチ情報だが、その2年後には、フジテレビ「笑っていいとも!」の「全国の名物女将」コーナーに出演。
着物の帯にいつもさしている女将の携帯には、その時にもらったタモリストラップが今も付いている。

「自分は宿には向いていないと思いつつ、15年続けてきました」と女将は言う。
顔馴染みのお客の酒宴に呼ばれると、一緒に思わず飲んでしまうこともあるなど、可愛らしい彼女のキャラクターは、歴史あるこの宿に新風を吹き込んだように見える。
そして、女将の片腕とも言える方が、支配人の近藤賢則さん。
冷静沈着な実務派の彼とのコンビネーションによって、現在の「高島屋」を引っ張っているようだ。
支配人は、公式HPなど広告全般をご担当。
2010年は、宿の創業60周年という事で、様々な限定プランを打ち出していた。
その一部をご紹介しよう。
まず、「温泉ゆっくり・ゆったりプラン」は、かなりのお得感がある。
通常、お一人様22,200円〜の「庭園四季の間タイプ」の客室が、14,850円(2名様で宿泊時のお1人様料金)となっている。
2人で泊まった場合は、合計で14,700円もお安くなるのだ。
しかも、チェックイン13:30〜、チェックアウト11:30と、通常よりも30分ずつ延長される。
1日2組限定のプランなので、お早めに予約いただきたい。
4名様以上のグループであれば、「ノドグロ塩釜焼き付プラン」がいい。
お1人様20,000円(2名様で宿泊時のお1人様料金)で、この宿の名物がいただけるのだ。料理だけでの料金でもおかしくないほど、お得感は強い。客室は「庭園四季の間」タイプとなる。
露天風呂付き客室「柊」「紫苑」をご希望であれば、「早得 露天風呂付き特別和室」プランがお奨め(1日1組限定)。
30日以前に予約をすれば、基本料金よりも5,400円お得になる(2名宿泊時)ということ。
こちらは、限定ではなく通年プランなのも嬉しい限りだ。
このような宿泊プランは、どちらかといえば「高志の宿 高島屋」を知らない人向けなのかもしれないが、そのようなものがなくても、この宿の素晴らしさ、魅力は、常連客はよく知っている。
各界著名人が足しげくこの宿を訪れるのは、言葉ではうまく表現できない不思議なものに引き寄せられているのかもしれない。
例えば、こんなことがあった。
高島社長は、1997年(平成9年)6月、中庭の竹林の前にステージを設営し、ガーデンコンサートを行う事を企画した。
出演者は、ドイツの巨匠・イヨルク・デームス(ピアノ)、1984年に日本でもレコードを発表したフランスのパトリック・ガロワ(フルート)、そして歌い手は、エリカ・マキノ・グリューグラー(ソプラノ)・・・と錚々たる顔ぶれ。
しかし、この年の梅雨は、毎日のように重たい雨が降り続いていた。
コンサートの前日も、ステージに大きな雨音だけが鳴り響いていたという。
そして、当日。天気予報は大雨だったが、嘘のように晴れ間が見えたのだ。まるで、世界的な音楽家たちと観客たちとの出逢いを祝福するかのように。
素晴らしい演奏会が無事にフィナーレを迎えると、その瞬間また雨雲が現れ、ステージを濡らしたという。
韓国スター・パク・ヨンハが偶然ふらっと訪れたのも、落語家の立川談志が他の宿を抜け出して、「高島屋」のロビーでお茶を飲んでいたのも、やはりこの宿の持つ不思議なオーラが起因しているのではないだろうか。
ロビーにある古い柱時計にもこんなエピソードがある。
ある日のこと、とある客がその古時計にぶつかってしまい、床に落としてしまった。
すると、映画かアニメで見たように、長い針と短い針がもの凄い勢いで、ぐるぐる回りだしたのだ。
まるでタイムスリップするがの如く、その場にいた誰もが不思議な感覚にとらわれたという。
すぐに時計屋さんを呼んで修理に出したのだが、スタッフは、いつもそこにあるはずの時計の場所を習慣的に見てしまったという。
そこで、言い表せない寂しさを、社長、女将はじめ、スタッフ全員が感じたという。
その後、修理から帰ってきた古時計は、「よく無事で帰ってきたね〜」と、まるで何十年も留守にしていた家族に再会するようなスタッフの笑顔で迎えられたという。
それだけ、この古い柱時計はこの宿の一部、スタッフの心のよりどころとなっていたのだ。
古いものを敬い、大事にする社長の考え方が、スタッフ全員に浸透している証でもあるようだ。
その柱時計は、今は何事もなかったようにロビーに鎮座している。
みんなに大事にされ、次の100年間を、宿の歴史を、刻み込むのだろう。
最近、日本に訪れる外国人が、ハイテク国家・日本を見ながらも、歴史を感じさせるところも興味深く観光しているのをよく見かけることがある。
長い年月で培ってきた、一朝一夕ではできない建物や伝統文化に畏敬の念を持って見学、観光しているのだ。
場合によっては、日本の歴史文化の知識が、日本人より詳しい人に出会うこともある。
そんな方たちが、この宿を絶賛するのは、必然なのだ。
ここには、人間の寿命以上に生きてきた、柱や梁、庭の木々などがある。
それを何人かの手によってメンテナンスされ、大事にされ、現在の私たちが目にする事ができるのだ。
そういった意味では、この宿の社長はじめスタッフたちは、日本の歴史文化、おもてなし文化の伝承者と言えるだろう。
ネット社会になって、宿探しも予約サイトを使って簡単にできるようになった。
でもそこには、ハードの情報や宿泊プランの紹介、そして狭い了見で書き込みされたクチコミ情報があるだけ。
この宿のように、人間が造り上げた歴史そのものといったものでも、ありふれた旅館のラインナップのひとつに数えられるだけ。
予約サイトでは、その宿のストーリー、アイデンティティまでは紹介しきれない。
サイトのユーザーは、可愛そうだが、宿泊プランと宿泊料金を見ていかに「バリュー感」があるかどうかだけで宿選びをする。
それはあまりにも不幸なことなのだが、彼らはそれすらも気づいていない。
人にはそれぞれに「価値観」というものがある。
例えば、なんの変哲もない器でも、ある人が見れば、相当な金額で取引されるものになったりもする。
宿も同じ。
この「高志の宿 高島屋」をどういう価値判断で見るかによって、その人の「旅行人生」が豊かであったかが分かるような気がする。
この宿の良さを理解できるという事は、その人の「旅行人生」は幸せだと私は断言できる。

それと、もうひとつ。
作業効率、コスト重視、利益優先・・・など、経営者としては、考えなければいけないビジネスの基本がある。
しかし、温泉宿の場合、それが前面に出ると、非常に面白くない。つまらない。
ビジネス、お金儲けのためだけにやってます的なものが目に付いてしまう。
利益をあげることは大事だが、効率優先で宿を運営してしまえば、そこには「付加価値」というものが生まれてこない。
私は、「こだわり」という言葉が好きだ。
それは、作業効率をある程度、無視して、お客様のために誠心誠意、尽くすという意味でもある。
バブル景気の時も、この古い建物をそのままにし、客室を増やすのではなく、客室をより上質なものにお金をかけてきたという、お客様本位の考え方を持つこの宿は、同じ価値観を持つお客に支えられ、いつまでも生き残ってほしい。
「高志の宿 高島屋」は、間違いなく“高い志”を持った人々が守り続けてきた宿。
歴史と文化のある越国(こしのくに=現在の福井県敦賀市から山形県庄内地方の一部に相当する地域)には、こんな素敵な宿がまだあるのだな・・・と嬉しい気持ちにさせてくれる。
木の温もりと包容力を感じる建物、新潟の旬の素材を可能な限り使った絶品の懐石料理、江戸時代からこんこんと湧き出る温泉・・・など、この宿の魅力は文字で書ききれないほどある。
そして、建物があって、温泉が出て、料理が美味しくても、宿は宿にあらず。
一番重要なのは、そこでお客を迎えてくれるスタッフの考え方、姿勢にある。
ゲストがいかに心地よく過ごせるかを第一優先に考えてくれる接客サービスがここには溢れている。
「高志の宿 高島屋」は、本物の、そして日本が世界に誇る、「おもてなし文化」の伝承者がいる宿と言っていいだろう。(J/IZ)