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「水明館 佳留萱山荘」を語る上で、その代名詞となっているのは、なんといっても混浴の大露天風呂。一度に250人は入れるというほど、その湯舟の広さに驚かされるが、それに相まって北アルプス、槍ヶ岳を望むロケーションは圧倒的な迫力で、初めてこのお風呂に入れば、瞬く間に「佳留萱山荘」のファンになってしまう。
毎分1,200リットルという、とてつもない湯量の自家源泉を持つこの宿は、日本最大級の大露天風呂を作ってしまったのは必然だったのであろう。3日に1回の清掃の時でも、たった5時間でこれだけ広い浴槽にお湯がたまってしまうという。まさに驚きだ。
源泉かけ流しのお風呂を、この規模で楽しめるのは、日本全国探してみてもなかなか見つからない。しかも、これが、県や町が運営する共同浴場なのではなく、民間の一旅館の所有というのも際立って珍しい。
混浴といっても、女性は心配する必要はない。バスタオルで入浴できるからだ。日帰り客でもフロントでバスタオルを借りることができる。しかし、冬季など気温の下がる時期は湯気が多く、特に夜間は視界が悪いため、バスタオル無しでも充分に安心して湯浴みができるはずだ。なんといってもここは、スケールが桁違いに広い野天風呂なのだから。
例え、その日が満室になったとしても、14室の宿。夜であれば混みあう感覚はほとんどない。だからこそ、この宿はある意味、“贅沢”な宿かもしれない。
女性は、女湯の露天風呂から混浴大露天風呂へアプローチする。女性専用の露天風呂でも充分広いのだが、この大露天風呂が隣にあると、小さく見えてしまうのが不思議だ。
この大露天風呂は宿泊客であれば24時間利用できる。日帰り客は8:00〜20:00の利用となる。
「佳留萱山荘」のある新穂高温泉は、奥飛騨温泉郷(平湯、新平湯、福地、栃尾、新穂高)の中でも、最奥部に位置し、北アルプスの山々を眺めるには最高の立地にある。
特に槍ヶ岳はその特異な風貌と存在感で、アルピニストならずも、日本人ならば憧れの山のひとつとされ、しかしながら富士山などと違って飛騨山脈の奥にあるため、直に目にすることはなかなかできないはずだ。
登山客ではなく一般客であれば、槍ヶ岳を、長野県、上高地側から見るのは非常に難しい。歩くとしても相当の山の準備も必要で、気軽に行けるものでもない。
しかしながら、岐阜県側の新穂高温泉までクルマで行けば、天気が良ければその槍ヶ岳を眺めることができるのだ。
その神々しい佇まいには誰もが息を飲む。標高は3,180メートル。日本では5番目の高さ。この地で見れば、向って左から槍ヶ岳、大喰(おおばみ)岳(3,101m/標高10位)、中岳(3,084m/12位)、南岳(3,032m/17位)・・・と3000mオーバーの山岳が続く。
この絶景は毎日見れるものではないが、冬場の空気の澄む、風の強い晴れた日が絶好なのだろう。
そんな晴れた日には、新穂高ロープウェイの利用もお勧めしたい。新穂高ロープウエイ展望台からはアルプスの山々をパノラマで見ることができるからだ。標高2,156mの西穂高口まで、乗り継ぎを入れて数分で、豪快な穂高連峰から槍ヶ岳、正面に笠が岳を望める地点に着く。それは上高地の裏側から槍穂高連峰を眺めることになる。西穂高岳(2,909m/31位)・前穂高岳(3,090m/11位)・奥穂高岳(3,190m/3位)・ジャンダルム・涸沢岳(3,110m/8位)・北穂高岳(3,106m/9位)・南岳(3,032m/17位)・中岳(3,084m/12位)・大喰岳(3,101m/10位)・槍ヶ岳(3,180m/5位)・抜戸岳・笠ヶ岳(2,898m/34位)・錫杖岳・新穂高温泉郷をはさんで焼岳などの山々が連なる。
「佳留萱山荘」は、その名の通り「山荘」。しかしながら「山小屋」ではない。
最近は「山荘○○」とか「○○山荘」などと、「山荘」の名の付く“高級旅館”が数多くあるが、この「佳留萱山荘」は、どちらかといえば「山小屋」のイメージに近い「温泉旅館」といえばお分かりいただけるであろうか。
客室はすべて和室で、部屋数もたったの14室。トイレ、バスはすべて客室には付いていない。洗面所さえない部屋も一部ある。
部屋自体もよく清掃はされているが、お世辞にも新しいとか、洗練されているとかは言いにくい。
しかしながら、この宿には、この自然のど真ん中に囲まれたロケーションが、そんな小さいことはどこか吹き飛んで忘れさせてしまう。
山里の湯宿なのだが、その山々が日本を代表する山ばかりのせいか、他のエリアの山の宿が霞んでしまいそうな感じも受けてしまう。いわゆる、ここは山のオールスターの集まるエリアなのだ。
客層も幅広い。夏のシーズンは登山客も増えるが、基本的には個人旅行の客ばかり。家族旅行やご夫婦、女性グループなど1年中を通して、ひっきりなしにこの宿を訪れる。
リピーターも多い。廊下には宿泊客からの写真がたくさん掲示されていた。この宿を故郷のように思っている客が多いのだろうと容易に推測される。
料理は、この料金ならば充分に満足できるであろう。料理長兼、支配人として「佳留萱山荘」を取り仕切っているのは田口高弘さん。下呂の大型旅館「水明館」がこの宿を買ったのが平成元年。翌年から現在に至るまで田口さんが「佳留萱山荘」の顔となっている。当時、彼がこの宿に入って改革したのは、まず料理の分野だった。
北アルプス登山の岐阜側の玄関口ということもあり、山小屋的な経営をされていたのか、料理はこの宿に限らず、周辺の小さな宿は、料理に対しては無頓着なところが多かった。
そこで下呂温泉で培った技術とセンスで、洗練されつつも、奥飛騨らしいメニューを揃えるようになった。
そこで一般客が多く訪れるようになって、現在の大繁盛旅館となったわけだ。
もともと、他に類を見ない大露天風呂があるのだから、料理部門が強化されたら鬼に金棒なのだ。
ここで取材時(2007年11月下旬)のメニューをご紹介しよう。
「奥飛騨初冬の膳」なるメニューが用意された。食事処でいただく。
食前酒は、山葡萄酒。小鉢は飛騨でとれるそば粉で作った蕎麦豆腐と、切り葱、山葵(わさび)に美味出汁をかけたもの。
前菜は、ドライド木天蓼(またたび)、青味大根、穴子寿司、川海老、アジメ(清流で育つ天然どじょう)田舎煮、磨き鰊(にしん)柚子味噌焼き、そして、さつまいもをオレンジで炊いてソフトサラミで巻いた大原木丸十(おおはらぼくまるじゅう)のラインナップだ。
吸い物として、鉄ナベで供される猪鍋は、飛騨の野菜も豊富に入っている。
向付は、富山港で水揚げされた「きときと造り」。「きときと」とは、新鮮という意味らしい。カンパチ、平目、ぼたん海老が並ぶ。
ここで佳留萱名物の飛騨牛朴葉味噌ステーキが出た。最上級と言われる5等級もも肉を使用している。添え物としてポテト、人参、黒舞茸、万願寺(ししとう)。バターを溶かしていただく。朴葉味噌の風味に飛騨牛がよく合う。このメニューは一年通して出されるもので、リピーターに支持されている一品だ。
煮物は、米茄子の揚げ出しに山芋掛け。糸唐辛子をのせている。
焼き物は、岩魚の塩焼きで、根曲がり竹の味噌漬けが添えられていた。
揚げ物は、百合根コロッケ、穏元、小茄子、平茸、紅葉・・・をアンデス産のローズソルトでいただく。百合根コロッケとは、百合根をつぶし、ふき味噌あんに混ぜて揚げたものだ。
蒸し物として、白蕪をすって卵白と混ぜて蒸した蕪蒸しには、百合根、尼鯛、木耳(きくらげ)、銀杏が入り、雲丹がのせてあった。
酢の物は、富山産のホタテ、鳥貝、赤貝、蛇腹胡瓜が並び、酢味噌でいただく。酢取り防風(ぼうふう)が添えられていた。
ご飯は、京都産の古代米(黒米)。香の物には、黒はり漬け(干し大根のたまり醤油漬け)、グーチャン(大根を飛騨高山産の赤かぶらの汁で漬けたもの)、山芋のしょうゆ漬け。
デザートは、奥飛騨ドラゴンフルーツのソースをかけたチーズムース。奥飛騨で熱帯果物のドラゴンフルーツとは意外だが、実は数年前から温泉熱でハウス栽培を行っている農家があるとの事。
素朴な献立ながら、地元の素材をふんだんに使った田口支配人(兼料理長)のこだわりが垣間見えて、当たり前のように美味しかった。
また、夕食時には岩魚の骨酒もいただきたい。それは、岩魚を焼き、日本酒の熱燗を浸したもの。香ばしい香りと味わい深さは山里ならではお酒である。
朝食も食事処でいただく。珍しいのは、お漬物ステーキ。これは、白菜の漬物と葱を朴葉味噌で玉子とじしたもの。炒り玉子のようにして食べる。
その他、寒干し大根、蒸し豆腐、カレイの干物、味噌汁が並ぶ。トマトジュースも添えられていた。
奥飛騨で獲れた山菜の漬物5種は、キャラブキ、わさびの葉、うこぎ、茎たち、またたびの芽。いずれも地元ならではの漬物だ。
館内には、錫杖岳(しゃくじょうだけ)の伏流水で煎れるコーヒーがいただける喫茶室がある。
2階の展望室には無料で利用できる卓球台や麻雀台もあった。その一角にアルプホルンが飾られてあった。
廊下にはニホンカモシカの剥製が置かれていて、壁には相田みつを、いわさきちひろ、中島潔などの作品集が飾られていた。
様々なメディアがこの「佳留萱山荘」を取り上げるが、ジャーナリストが露天風呂番付を作る際、「佳留萱山荘」は欠かせない。ちなみに館内に貼られていた番付表によるとこの宿は「横綱」になっていた。
また、数々の俳優、歌手、タレントが、ロケや、取材でこの宿を訪れている。高島政宏、加勢大周、石田靖、川野太郎、ホンジャマカ石塚、宮川大介花子、香田晋、藤田弓子、渡辺徹、菅井きん・・・など。
最近では、P&G社「ボールド」のCM(具志堅用高、玉山鉄二出演)で、その舞台となっているのは、なんとこの「佳留萱山荘」なのだ。
オリジナリティ溢れるこの宿は、各マスコミが放っておかないということか。
お土産には、料理長特製の朴葉味噌が人気だ。ウェルカムお菓子で出される里山まんじゅうや、えごませんべいも人気が高い。
飛騨百草茶も、その香ばしい味が評判となっている。
「水明館 佳留萱山荘」には、日本人、特に都会に住む人間にとって、懐かしい、そしてホッとする空間が用意されている。
こんな宿を知っている人は幸せだ。逆に知らない人が可愛そうに思えてくる。
長野県側の上高地は、マイカー規制が通年体制になってから久しい。いつしかこの新穂高温泉郷も、そうなるかもしれない。そうしなければ、この自然環境を次の世代まで残せないなら、仕方ないことであるかもしれないが、いつまでもクルマで行ける槍ヶ岳ビューの温泉地であってほしい。それは我々がこの自然のありがたみを真摯に受け止め、意識の中に自然保護、環境保全を当たり前のように持ち合わせなければならない。
そんな環境の中に佇む「佳留萱山荘」は、自分の別荘代わりに使う客が多そうだ。この宿は洗練された客室など、リニューアルなど要らない。できれば今のままで、可能な限りこの雰囲気で営業していただきたい。
春の新緑と残雪、夏の涼風と山岳風景、秋の紅葉、冬の銀世界・・・と四季それぞれに楽しみたい。
そして、大露天風呂に浸かりながら、北アルプスを眺めれば、感動すら覚えるこの感覚を大事にしていきたい。(J)
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