「ふきや」は、1935年(昭和10年)創業。
10室のみの小さな宿で、湯河原温泉街の中心を流れる千歳川沿いにあった。
1974年(昭和49年)に現在の場所に移り、客室数17で再スタート。
昭和50年代からは、より一層、質の高いサービスを行うようになり、湯河原を代表する“高級旅館”となっていった。
その後、現社長の山本一郎さん(昭和30年生まれ)が宿に入ったのは、昭和62年頃。
すぐに父親である二代目に替わり、山本社長が三代目の館主となる。
山本社長は、東京で3年間メーカーに勤務。
そして、京都の伝統ある老舗宿「柊家旅館」にて2年間働き、接客とサービスの基本を学んだ。
1988年(昭和63年)には、現在の若女将である、まり子さん(昭和39年生まれ)と結婚。
1989年(平成元年)には、8ルーム増やして、3ルームを無くし、合計5ルームの増築を果たす。
1996年(平成8年)には、3階に貸切露天風呂を完成させる。
これから個人旅行者がもっと増えるだろうと見越したものだった。
翌年、屋上に露天風呂を新設。
この時は男女別浴場としたが、後に貸切露天風呂としている。
同年、広々としたバーを、3つの貸切ルームとして改装する。
2000年(平成12年)に、角部屋のAタイプ3室をリニューアル。
詫び寂びを感じる上質な客室が誕生した。
2002年(平成14年)は、廊下にもエアコンを設置し、男湯の脱衣所を湯上り処に改装。
2003年(平成15年)には、玄関とロビーのリニューアルも行った。
2006年(平成18年)に岩盤浴を新設、そしてXタイプの客室を誕生させた。
その翌年にはエステルームも新設した。
2008年(平成20年)には、新館(平成元年に増築した8ルーム)の踏込の天井を張り直し、水周りなどを改装。
その後も客室のリニューアルは行っており、現在に至る。
しかし、未だに露天風呂付きの客室はないが、これにも理由がある。
山本社長の考えとしては、この宿のロケーションで客室露天風呂を造ろうとすると、周囲から見られないようにするために、圧迫感の強い造りになってしまう。
中途半端な風呂を造るくらいなら、潔くやめようと思ったのだ。
確かに、申し訳程度の小さな客室露天風呂を造るよりも、貸切露天風呂や大浴場で体を伸ばして湯浴みした方が、気持ちがいいものだ。

「ふきや」は高級旅館であるが、いわゆる最近流行りのお篭り系の宿ではない。
小学生以下の子どもでも受け入れており、全客室、夕食朝食とも部屋食なので、赤ちゃん連れの方も安心してお泊りいただけるのだ。
実際、3人のお子さんを持つ山本社長と若女将は、大の子ども好き。
「子どもと普段入れない大きな風呂に入りたい」「おじいちゃん、おばあちゃんは孫を連れてきて、温泉宿に泊まりたい」・・・と、自分に置き換えて考えているのだ。
特に、ご家族の記念日に利用されることが多いという。
公式HPの宿泊プランでは、「ふきやで過ごす『記念日プラン』プレゼント特典付♪」を用意している。
結婚記念日、誕生日、還暦祝い等々、最高の思い出を作るのに、この宿は大いに貢献してくれるだろう。
赤飯、記念写真(パンフレットを兼ねた台紙付)、赤いちゃんちゃんこなどをご用意。
紫(古希・喜寿)や、黄色(米寿・卒寿)のちゃんちゃんこもあるという。
わずかな追加料金で、記念日旅行に華を添えることができるのだ。
また、山本社長は、湯河原温泉旅館協同組合の理事長(2008年〜)の肩書きを持つ。
そこで企画した「今夜は温泉に帰ろう」キャンペーンは、大いにマスコミに話題を振りまいた。
特にヒットしたのは、「温泉に帰ろう!ミッドナイト・チェックイン(平日限定)」。
1日休みがとれたら、その休みの前日、仕事が終わった後、宿にレイトチェックイン(ふきやの場合は23時まで)。
温泉で体の疲れを癒し、ハーブティー「ぐっすり茶」を飲んで就寝。
翌朝、遅めの朝食をいただき、一日中温泉と戯れるのもいいし、温泉街をゆっくり散歩するのもいい。
絶品の夕食を心ゆくまで楽しみ、夜21時にはチェックアウト・・・。
一日目の夕食はないが、15時からチェックイン可能なので、最大30時間ステイが可能というもの。
Aタイプ、Bタイプ、Xタイプの部屋限定で、2名様宿泊時のお1人様料金は、44,250円〜。
その他、レディースプラン、レイトチェックアウトプラン、一人旅プラン、日帰り8時間ステイなど、お客のスタイルに合わせた様々なプランを用意している。
これらの宿泊プランに限らず、宿の公式HPから直接ネット予約を申し込むと、小田原名物・アジの干物がお土産でいただけることも付け加えておく。

公式HPの中で、アクセスの多い人気コンテンツが、ほぼ毎日更新している「若女将のブログ」。
若女将・山本まり子さんのほんわかとしたキャラクターが文章ににじみ出ている。
彼女は、常に着物の中に肌身離さずiPhoneを携帯している。
そして、接客の合間をぬっては、ツイッターを使ってお客とのコミュニケーションを図っている。
彼女のツイッターアカウント(@fukiyawakaokami)は、フォロワー数5140人(2010年12月28日現在)をすでに突破している人気ぶりで、さらにダイレクトメッセージでツイッター割引も実施しているとの事。
その甲斐もあってか、大口の団体旅行の予約もツイッターが縁で獲得することができた事もあるというから凄い。
そして、公式HPの料理の写真は、夫である山本社長が愛用・Canonのデジタル一眼レフで撮影しているという。
その腕前はかなりのもの。
写真だけでなく、インテリアのコーディネートが好きな山本社長は、アジャスタブルベッドや自動開閉式のカーテンを取り入れるなど、常に客室の改装を考えている。
若女将が知らない間に部屋の様子が変わっていることもあり、その“豆さ”を評してブログ上では若女将から“工事君”と命名されているほどだ。
1泊2食付きのお値段は、お安いところでお1人様28,500円〜(2名様宿泊時)、グレードの高いAタイプであれば、お1人様47,400円〜である。
料金的には高級路線ではあるが、それ以上に満足感が得られるのは間違いない。
センスのいい館内や客室もさることながら、特にレベルの高いのが料理だ。
どのメニューを見ても、旬の素材が上品に調理され、次々に目の前に並ぶ。
温泉宿、特に高級旅館は料理のウェイトが高い。それがイマイチだと、全体がダメに見えてしまう。
その点で、「ふきや」の料理は間違いなく余裕で合格点だろう。
こんなエピソードがある。
日頃、「一滴も加水しない源泉かけ流しが本物の温泉」と言っている温泉教授と呼ばれている某温泉評論家が、若女将が懇意にしている宿から、今晩泊めてくれるようにと「ふきや」に連絡が入った。
マスコミや自分の著作物を通して「温泉を循環している宿には泊まらないし、入らない。いつも泊まるなら源泉かけ流しの宿。」と公言している方なので、若女将は、「うちはかけ流しはしていますが、お湯は循環ろ過を併用していますので、先生が入られる源泉100%風呂ではありませんよ。湯河原の源泉100%なら○○さんなどありますけど・・・。」と正直に伝えた。
すると、その温泉評論家は、「いやいや、○○さんは、料理がイマイチだからね。源泉かけ流ししか入らないというのは、マスコミ向けに言っているだけ。ただ美味しい料理を湯河原でいただくなら、ふきやさんと評判を聞いたので・・・。」と答えたという。
温泉のプロの看板を捨ててまで、「ふきや」の料理にありつきたかったようだ(笑)。

屋号の「ふきや」とは、植物の蕗から取っている。
寒冷地でも繁殖する蕗は、生命力の塊。
「ふきや」も、世の中の景気などに左右されない、パワーのある宿として、これからもその歴史を刻んでいく勢いを感じる。
そもそも「旅館=宿」とは、旅人を休ませる施設のことを指す。
その宿の主(あるじ)は、独自のこだわりを見せて、いわゆる宿作りを行う。
「ふきや」という宿は、その点で考えると、おもしろいこだわりを持った宿と言えるだろう。
207号室は平成12年、ロビーは平成15年に改装を施したが、それは京都の職人を呼び寄せての匠の技によるものだった。
施工後の日本の文化を映すような空間は、山本社長を喜ばせたが、同時に今まで置いていた家具の陳腐さが目立つようになってしまった。
それは社長曰く「バランスの悪さ」だったのだが、それからその空間に似合う、または違和感のない家具を探し始めた。
それで行き着いたのが、フィン・ユールであり、北欧の椅子たちだった。
当初は値段の高さに驚きもしたが、よくその椅子の造形美や機能美、そして職人の技を見れば、正当な価格だとわかって、そしてその空間に置いてみれば、想像以上にピッタリとハマったという。
「日本でも、北欧でもない。職人の技が表現するものは、お互いが調和する。」
山本社長は実感した。
それでも、以前ロビーに置いていたフィン・ユールの名作中の名作「45番」はこの宿にはない。
山本社長が、ある客がその椅子の繊細な肘掛けに、お尻を置いていたのを見かけたからだ。
いつ壊れるか「心臓に悪い」ということで処分し、現在の「53番」に切り替えた。
やはり、椅子の価値を分かってくれるお客は100%ではない。
それでも、山本社長は、フィン・ユールをやめない。
もう、「ふきや」という宿には、必要不可欠なものとなったからだ。
そのフィン・ユールには、チーフテンという椅子がある。
その存在感は、一般の椅子とは一線を画す。
だからだろうか、ロビーなどで他の椅子と合わせるのが難しく、湯上り処に置いている。
そして、独特のオーラを放つチーフテンチェアは、無理な扱いはされず、静かに佇んでいる。
この宿には、このような高価な椅子が30脚以上あるという。
無粋な表現をすれば、すべて合わせれば金額で数千万円もするもの。
でも、その金額以上にこの宿に貢献し、空間の一部に溶け込んでいる。
その椅子の価値、宿に必要なものは何なのかを肌で理解できる山本社長だからこそ、現在の「ふきや」のディテールが出来上がった。
その優雅で快適な空間の中で、お客と対するのが若女将の山本まり子さん。
彼女の高級旅館らしからぬ(?)フレンドリーな接客はファンも多く、その人柄は館内の和やかな雰囲気に貢献している。
そういえば、最近、著名な老舗旅館が次々と経営者が変わっている。
私の知る限り、今までの格式や伝統に固執しすぎ、時代に合った新たな変革を行えなかったところばかりだ。
私は、屋号がそのまま残っても、そのような宿にはまったく行く気もしない。
それを作り上げた主と、宿との調和を見られないからだ。
「ふきや」は、その点、まったくの自然体。
老舗旅館ひしめく湯河原でも、不況のなか、最近になって評価を上げてきた宿のひとつだ。
私が、2007年に訪れた時に、屋上の露天風呂は貸切にすべきと進言すれば、いつのまにか貸切露天風呂となっていたり、2010年の今回の取材の折にも、部屋の檜風呂には蛇口をひねれば、源泉が出るようにすればと提案すれば、山本社長から私の携帯に電話が入り、3部屋だけそうしました・・・という。
このように、聞く耳を持つ、フレキシブルに動く山本社長は、フィン・ユールと和の文化の調和を愛する“粋人”と同時に、私からすれば、宿の経営者としても、凄さを感じさせる。
いや、実際は、その辺のところは表面にも出さない人だから、あまり伝わってこない。
しかし、一度、この宿に身を委ねれば、どれだけ影で努力しているか、旅慣れた人ならわかるはず。
とにかく、“かゆいところに手が届く” サービスが、ところどころに見られる。
山本社長は、影で宿を支え、若女将が前面に立ってお客を迎え入れる。
この素晴らしいツートップのハーモニーは、「ふきや」の現在の人気の最大の要因に違いない。
いまや、湯河原にワンランク上の「上質な寛ぎの時間」を求めるなら、この宿を推薦したい。
取材時、ある老夫婦がチェックアウトの際にこういう会話をしていた。
「ここは本当に居心地よかったね。」
「居心地いい」・・・それは宿を評価する最大限の褒め言葉でもある。(J)